どいつもこいつもヤキを入れてやろうか!

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休み明け。 俺が出勤すると、なんだか遠慮のない視線がチクチクと突き刺さった。 あのラブホテルの一件がどこまで知れているかは知らないが少なくとも仕事が休みの間、花村とのラインのやり取りをしてる限りでは俺と氷里さんが付き合い出した、みたいな事になっているらしかった。 そんな事はないと否定をしておいた。 だが。 恋バナなど人の噂の格好の的。どんな尾ひれ背びれが付いて、部長の耳に入るかが気になった。 しかし、別に俺はやましい事はしてないしもう、いつも通りに業務に励むしかないなと思った。 それにこんな奇異な視線をよこされるのは慣れている。因縁をつけれれてケンカを吹っ掛けて来ないだけマシだと思われた。 軽いため息を付きつつ、自分のデスクに座り朝の朝礼まで軽く今日の資料整理でもするかと手を動かしていたら、ふとデスクに影が出来た。 何かと思い見上げると、氷里さんだった。 「おはよう御座います。先日悪酔いしてたみたいですが体調は大丈夫ですか?」 それは明るく、ハキハキとした喋り方だった。 「……ええ、お陰様で」 「そう、なら良かったです。また皆で飲みにいきましょうね」 皆での部分のイントネーションを強調したかのような喋り方だった。 では、失礼しますと、さっと席を離れた。 それだけの事だったが──。 つかさず、その様子を見ていた花村が俺の側に近寄ってきた。 そして小さい声で喋る。 「え、まじで何もなかった系? 二人で抜け出したのに? お前が普通に酔って面倒見て貰っただけ系なの??」 「……始めからそう言っている」 「そうか、ではあのおっぱいはお前のものじゃないんだなっ」 一回揉んだけれども、俺のものにはなってない。 だから俺はコクコクと頷いた。 よく見たら氷里さんの方も女子達に囲まれて真偽の程を確認されているようだった。 その様子は明るく、やましい事など何もないと振る舞ういつもの──アイドル氷里さんの姿だった。 その姿は俺に執着などないと言った潔さにも見えた。 この調子なら噂話しは所詮、噂話しとして直ぐに立ち消えると思った。 そして今まで通りの日常で、今日は部長に漫画は全部読みましたよと、直で伝えてみるとどんな反応が返って来るか少し楽しみにしつつ、朝の朝礼が始まった。 そう、いつも通りの朝礼かと思われたが、何やら主任やらそれ以上の役職の人が大慌てでやってきて、主任にヒソヒソと耳打ちしてまた出ていったりした。 何事かと部署内一同そわそわする。 部長の方を見ると同じく内容を知らないようで周囲の同僚から意見を求められたりして「知らない」とパタパタと手を振っているようだった。 急な人事異動等があったのだろうか。 そんな事を考えていたら、ようやく主任が喋り出した。 「皆さん。おはよう御座います。今日はもう、時間がないので本題を先に言います。実はこれから食部門にて最大取引相手の幹部の方がこちらの衣料部門の視察に来られます。我社はやはり衣料部門が強く、食部門はまだまだ成長途中の部門で、今後の展開が大きく期待されている部門でもあります」 等と会社概要ページを読んでいるような几帳面さで主任は述べて。 「視察とはあの『クド・グループ』の幹部の方達です。皆、粗相がないように! 無駄のなくスマートな行動を心掛けて、気を引き締めて本日の業務に当たってください!」 一同、はいっと返事をする。 そしてその返事を聞いて主任は急ぎながらスマホでどこかに連絡しながらフェードアウトした。 そして、残された部署メンバーは若干の驚きを隠せないような面持ちで取り敢えずいつも通りに仕事を始めようとしていた。 ──何だろう。 聞き覚えがあったような、なかったような名前があった気がする。 まぁ、下っ端の俺には関係ないこと。 何時も通りの作業を──と、思っていたら背後から妙な歌が聞こえてきた。
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