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推しが尊い!
そして。
それはいつも唐突だった。
妙な歌が聞こえるなと思っていたら、またもや俺の胴に後ろからがっしりとした腕が回ってきた。
「なっ」
俺が思わずびっくりして声を上げる前に、何やら周囲から黄色い悲鳴のようなものが聞こえた。
そして耳元で聞き覚えのある声がした。
「来ちゃった♡」
おい嘘だろ。
ここ会社だぞ。
夢でも見てんのか。
まさかアレが来たのかと思い、首をゆっくりと振り向くと。
有愛がいた。
しかも俺に抱きついて超絶嬉しそうニコニコ笑顔だった。
しかもに髪の色が前回と違う。
キレイに染め抜いたサーモンピンクの髪。
それは俺が昔、染めていた色によく似ていた。
ってか人は驚きを通り過ぎると普通に「なんで俺は会社でロシア系イケメンに抱きつかれてんだろうな」とか他人事のように思えてしまい、思わず返事も「よ、よく来たな」とか、普通のことしか言えなかった。
しかし有愛にはそれで充分だったようで。
「あー、氷河の匂いだー。落ち着くー」
とか言われて。
次は正面から抱きつかれてしまった。
そうしたらフロアにまたもや女性陣の黄色い悲鳴が聞こえた。
なんだこれ、俺。
今年厄年だったか。
それとも社会的に抹殺されようとされてんのか。
そうか。
今日俺は会社を首になる日だったか、等と混乱した。
とりあえず密着した身体を離す。
が、余計に抱きつかれた。意味がわからない。
よく見ると有愛はやたらと上質なスーツを着ていた。
サーモンピンクの髪にアイスブルーの瞳。
男の俺から見ても綺麗な顔立ち。
モデル並みの体型。
ただし中身は奇想天外。もしくは変人。
「……もう、お前の奇行には散々突き合わされたけれどこれはどういう事か説明してくれ。頼む……」
俺は有愛の腕の中で力なく説明を求めた。
しかし、俺以上に冷静に頭が回った人がいた。
「失礼ですが、クドグループの方ですか?」
それは部長だった。
訝しがる様子もなく営業用のきっちりとした対応だった。
先程まで黄色い悲鳴がぴたっと止んでこの会話を皆が固唾を呑んで聞いているのが分かった。
有愛はそんな事お構いなしに、いつもの調子で会話をする。
「そうそう。クドグループの人でーす。これに会いにきたくて、ちゃんとここのボスにアポ取ったから不法侵入じゃないよん」
──あ、そうか。
クドリャフツェフ・有愛。
そういやコイツの実家爆裂金持ちの巨大企業だったと言うのを思い出した。
本人が実家を嫌っているのであまり話したがらないので俺も忘れていた。
ってか、クドグループの人間だったのか。
バカ有愛! 初耳だよ! そんな事はもっと早く言っとけ!!
そんな感じで叫びたかったが、部長が話しをしているので我慢する。
「そうですか。それでは──宮下も私共も急な訪問でご対応出来ず申し訳ありませんでした。私、宮下の上司、鬼龍院麗子と申します。よければここではなくて、空いている会議室をご利用ください」
すぐにご案内します。
と、にこりと微笑む部長。
そこでようやく有愛は俺を開放した。
「話が早くて助かるー。おじさん達は話が長くてめんどーだったけれど。レイコ! 君はいいね。名前もかっこいいね☆」
「ありがとうございます。ではこちらにどうぞ」
と、俺に視線をあわせて「宮下君もそれでいいですね?」と言ってきたが、もちろん反論などない。
むしろ助かる。
俺は疲れた声で「よろしくお願いします」としか言えなかった。
そして部長を先頭に注目の視線を浴びながら部署内を後にした。
そして近くの会議室に到着すると部長は有愛に。
「ここを自由にお使い下さい、また何かあれば内線でお申し付け下さい。それと、この会議室を使用中は誰も入らないようにしときましょうか」
「うん。やっぱりいいね! 俺様、レイコみたいな綺麗系女子、スキー」
言うが早いが、有愛は部長の手を取って手の甲に──キスをした。
「わっ」
部長の驚いた声。
そして、俺はつい。
「何やってんだお前ッ」
と、部長の肩を勢いよく自分に引き寄せてしまった。
これは我慢が出来なかった。
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