推しが尊い!

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俺の咄嗟の行動に有愛は、一瞬キョトンとしたが次の瞬間には爆笑しだした。 「あははっ、何。なになになに。え、そー言う事なの? そーいや、お前昔から」 昔。 やばい。 部長に元ヤンキーが(昔の事)バレると思い、俺は抱き寄せた肩を丁寧に外に押し出すようにして、代わりに有愛のネクタイを雑に掴んだ。 「では、部長! 少しお時間をいただきますっ、で、お前はいつまでも笑ってんな! こっち来いッ」 そう言いながら会議室に勢い良く駆け込んだ。 そこは教室のように規律正しく長机と椅子が並んだ会議室で、もちろん誰も居なかった。 そして、引っ掴んだネクタイを離してやる。 俺が必死なのが余計面白いのか有愛はその宝石みたいな瞳からうっすら涙を浮かべてまだ笑っていやがった。 「はは、ふ、ふふ。あーおかしい。そうそう、そうだった。お前、あーいう。美人教師系、隣のお姉さん系のAV好きだったもんな。レイコちゃん、もろお前のタイプだな」 「人の性癖会社で暴露してんじゃねぇよ。緊縛系ラバースーツとか変わった性癖のお前に言われる筋合いねーよ。ってか、いい加減ここに来た理由をちゃんと言え」 有愛はまだニヤつく顔を隠しもせず、手近な長机の上に腰掛けてリラックスするようにネクタイを解いて、シャツのボタンを胸元まであけた。 その胸元に鮮やかなタトゥーがちらりと見えた。 そんな悪態をついてもスタイル抜群だなとか思った。 「まじ、スーツって窮屈だな。氷河はよく毎日こんなコスプレ出来るな。ってか、本当に最初に公園で会った時誰か分からなかったし。髪型も昔と全然違うし。俺様を捨ててまで──こんな事がしたくて会社に入社したのかよ」 ねぇ? 氷河ちゃーん。 と長椅子の机の上で今だに悪態をつく有愛。 そして相変わらず顔には笑顔が張り付いていたがそのアイスブルーの瞳は氷点下まで冷え切っていた。 どうやら有愛はキレているようだった。 さっきまでの上機嫌はどうしたとツッコミたくなる。 そして俺は過去の経験上から、こーいうときはこいつの話を最後まで聞くのが得策だと知っている。 俺の質問には答えて貰えなかったが、黙って有愛の話を聞く事にした。 「俺様は健気にも氷河との約束をずっと守って来たのに、ちっーとも会いに来てくんないし。挙げ句、先日ようやく感動の再開出来たのに、朝には帰ってるし」 ──次の日に仕事があるから、日を改めろと言っても聞く耳持たなかったのお前だろうがとは、言わないでおく。 ため息をしつつ、俺も手近な机の上に腰掛けた。 有愛は身振り、手振りも大きく付けて話をする。 そして、大きな瞳を細めて有愛は言った。 「そんな冷たい態度取られたら──無理やりでも側に置きたくなるってもんだろ」 そう言えばこいつの好きなAVに寝取られ系もあったなとか思い出した。 「しかも、好きな女まで作り出したし。ますます俺様から離れよーとするし。も、無理寄りの無理。今日は絶対に氷河を家に持って帰るって俺様決めたから」 「あのな、有愛」 俺はなんとか言葉を吐き出すが。 有愛は「黙れ」と、いきなり机の上から身を翻して俺の側まで近寄って耳元で囁いた。 「Я там был(逃さない)」 「ロシア語わかんねーよっ!」 俺のツッコミなどまるで無視で有愛はあろうことか俺を長机の上に押し倒して来やがった。 ばんっと、背中と机がぶつかる音がした。 痛いし、何で俺は男に押し倒されなければいけないのだろうか。 「あああっ! もう有愛、落ち着けってば!」 「やだ」 有愛は解いたネクタイを俺の手首に絡ませて、縛り上げようとしていた。 「緊縛モノ見過ぎじゃねぇのかっ!?」 「うるさい。最近は見てねーよ。ってかこんな、眼鏡お前には似合わない」 と、有愛の顔が近づいて口で眼鏡のツルを啄まれて、そのまま眼鏡を取り上げられた。 有愛はご満悦そうに俺の上で眼鏡を口元に咥えて微笑んでいた。  だから俺は上に乗られる趣味はない。 しかし。 至近距離で有愛の身体を見て。 やっぱり。 ──こんな状況だが、俺は頭の片隅でやっぱりこいつになと、思ってしまった。 いや、そんな事より。 まずは現状どうにかしなければならなかった。 力で言えば有愛の方が上背も筋肉もあるので振りほどこうにも上から押さえつけられていては部が悪かった。 そして有愛はどうやら、長年俺がほったらかしにしていたのが気に食わず大変ご立腹な様子だった。 いやいやいや、と俺は思いテキパキと手首に絡むネクタイに焦りを懐きつつ、声を張り上げた。
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