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「人の話を聞け──! 学業優先で、確かに会社に就職するまで連絡は断っていたけれども、入社してからお前に連絡しようとしたら、電話やその他諸々一切通じなかったんだよ! お前スマホ今何台持ってやがる!」
俺がそう言うと、有愛は口に咥えていた眼鏡をそのへんに放り投げて一瞬考え込んで、ぱっと答えた。
「何かいっぱいある!」
「だろうなっ! それちゃんと見てるか!?」
「気まぐれ!」
「ガバガバのバカが!」
有愛の力がここで少し緩んで何とか上体を起こすが、既に両手首はネクタイで縛り上げられていた。
器用すぎんじゃねぇのか。
取り敢えず今がチャンスかと思い畳みかける。
「で、先日会って、俺が連絡先を書いたメモとか見たのかよ! でっけぇ机の上に置いてあっただろ!」
「俺様がそんなの見るわけ無いだろっ! ってか、そんな後出しばっかりの言い訳知らねーし。グダグダうるさい──マジでその口塞いでやろうか」
何で塞ぐつもりだ、こんちきしょうが。
瞳が妙にギラ付いて、しかも何でこいつ舌なめずりとかしてんだ。
仕方ないので──暴露しようと思った。
できたらこんな形で伝えたくなかったが。
もういい、こいつを鎮めるにはコレしかないと思った。
「俺は、ずっとお前に会いたいと思っていたよ」
有愛の動きがぴたっと止まる。
「──あんな形で族抜けて。手ぶらで会える訳ないだろ。どうにか希望の会社に就職出来て、ようやく、俺がやりたい事の一歩が実現して。それを報告したかった」
けど、それは音信不通、連絡不通でそれは叶わなかったが。
じっと俺の顔を疑うように見つめる有愛。
なんだろう……俺はワガママな彼女を説き伏せるような気分になってきた。
ある意味、氷里さんより手強いやつだった。
「……で?」
と、先を促される。
話を続ける俺。
「先日、会えたのは本当に嬉しかったけれど、会社を疎かにする事は出来なかった。だから、ちゃんと有愛とはゆっくり話がしたいと思っていた。それに、久々に会って──」
コホンと、咳をする。
そして目の前の有愛を見る。
今やスーツを着崩しているが、それでもスタイルの良さは引き立っていた。
腕や足の長さ。
そしてそれらのバランスの良さ。
やっぱり姿勢も重心にぐらつきがない。
それは昔は思わなかった事。
今、こうして再会してまじまじとこの有愛の身体を見て思った事。
そしてそれはちょっと部長の気持ちが分かった気がした。
「再会して。いつか、自分のブランドを持てるようになったら、その──有愛に似合う服を作りたいって思った。今、お前の身体を見て尚更思った。やっぱりお前はカッコイイやつだよ。だから、その。俺、それまで頑張るから、いつか着てくれよ。で、ずっと約束守ってくれててありがとう。待たせて悪かった」
……死ぬほど恥ずかしい。
こんな事言わすなバカ野郎が。
しかし有愛は、一瞬ポカンとして──。
──何だそれ。ずるい。
と、言った。
そして、張り詰めた風船が萎むように、気が抜けたように力なく俺の肩に顔を埋めた。
最後に消え入るような小さな声で。
「氷河なんて大嫌い」
と、言った。
「そうか。取り敢えずさ、今度ちゃんと飲みに行こうぜ」
「うん」
「あと、お前の繋がる連絡先を教えろ」
「うん」
「で。いい加減、手首解け」
「……まぁ。それはそうとして。似合ってるからいいと思う。ん。オッケー。俺様の気持ちも整った」
そう言うと俺からようやく離れて、先程とうって変わったかのように晴れ晴れとした表情の有愛が居た。そして俺の言葉をガン無視で勝手に喋る。
「今日の所はそれで許してやる。氷河の俺様に対する熱い想いも聞けたし。まぁ、多めに見てやる。ってか、腹減った。何か食べに行こうぜ。なんなら──レイコちゃんも誘って。うん、それがいいな!」
「って、解け! 出て行こうとすんなっ! あと、部長を巻き込むな!」
「照れんなよ! 大丈夫、ちゃんと俺様がメシを食わせてやるって。そうだなメシ……はっ、熱々のおでんとかでいい?」
「言い訳あるかっ! なに閃いた! みたいな顔をしてんだ、バカっ!」
スキップしつつ、会議室のドアをあける有愛。
勢い良くバーンと扉を開けたその先に──。
おっさん達が立ち尽くしていた。
いや、違う。
おっさん達ではなく。
この会社の社長やら重役やらが居た。
しかもその後ろに見知らぬおっさん達。
そして部長も居た。
──有愛はスーツを着崩している。
俺は眼鏡を取り上げられ、両手首を縛られている。
そして、有愛が扉の前に佇むギャラリーに向かって。
「スッキリしたので、メシを食べに行こうと思います!」
元気よく誤解しかない台詞を吐きやがった。
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