推しが尊い!

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今日一日、一緒に過ごすとは。 このあとは夜だ。 なるほど。 天体観測か肝試しか。 二択しかないと思った。 ──どちらも嫌いじゃない。 むしろ、どちらも興味ある。 しかし、そのどちらも私は何も用意してない。 「宮下君。私、準備不足だわ。早めに言ってくれていたら」 望遠鏡でも、盛り塩の用意でもしたと言うのに。 「そんな別に、準備なんかしてくれなくとも。いや、えっと。意外な反応でびっくりしてます」 何故か宮下君は少し照れた様子で口元を隠した。 「そう? 私わりとそういうの好きよ?」 「そうなんですか? では、早速行きましょうか」 そう言うとナチュラルに私の手を繋いできた。 これは、そうか。 肝試しの方かと思った。 私が逃げないように手を繋いだのだろうと思った。 「えぇ、大丈夫よ。私逃げたりしないわ。けれど、その。怖くなったらごめんね」 私は宮下君を見つめながら言った。 そうすると宮下君は私からいよいよ視線を外して「怖いコトなんかしないです」と、言った。 ───そして私はその30分後に何を勘違いしていたか、自分の浅はかさを思いきっっっり痛感した───。 『ソッチの意味かー! いや、普通に考えていたらそうですよね!? いや、でも。オタクイベント終わりに誘われると思う!? さっきまでルキウスのコスプレイヤーの人に尊いです、尊いですと、言いまくって、宮下君が「熱心な宗教家みたいですね」と、冷静にツッコミをされた直後に! こんな事が起こると誰が思うのよっ!』 「す、ステキなところね……」 自分が言ったセリフと心の内で思っていた事と口から出た言葉はあまりにもギャップがあった。 今は私が居るところはそラブホではなく、シティホテルの高層階の一室だった。 あからさまなイヤラシイものとかはなく、部屋は綺麗で清潔で。 だけども。 部屋に鎮座しているダブルベッドが生々しくて見ていられなかった。 私はてっきり夜が更け肝試しまでここで時間を潰すのかと思っていたがダブルベッドを見た瞬間全ての謎がとけた。 もう、この場でまたもや土下座したい気持ちなった。そして室内に入って私は一歩も動けなくなり立ち尽くしてしまった。 そんな私の様子を見て宮下君は。 荷物を机の上に置いて、背伸びなどして。 ゆるりと余裕たっぷりに喋り出した。 「ここまで連れて来て下心ないとは言えませんが、ホント無理意地などするつもりはないです。そう。ゆっくり話がしてみたいなって。概ね、そんな気持ちです。ほら、会社では中々ゆっくり喋れないですし。そうだ。今日は沢山歩きましたから疲れてませんか?」 何かルームサービス頼みますかと、革張りのメニュー票を持って私に近付いてきた。 そして私は差し出されたメニュー表にすら驚いてしまった。 「……そんなに意識しなくても、いきなり襲いませんから。でも、その気になったら言って下さいね」 と、小さく笑った。 と、年下の癖になんでそんなに余裕があるんですか。 こーいうのってお互い好きって言ってからスルもんじゃないですか。 ってか、宮下君は私の事がつまりは、その私の事が好きなんですか。 その気ってどんな気ですか。 ──等と自分でも嫌になるぐらい子供ぽっいことしか頭に浮かばなかった。 逆に大人ぽっい事も分からなかったが。 しかし。このまま無言なのも、ここまで来て逃げ出すのも釈然としなくて。 深呼吸をひとつして。 私はようやく部屋の中に入った。 私を微小しながら見つめる宮下君を横切り、そして窓際に置かれているソファに座って。 「よし、ではお話ししましょうか! 何を話したらいいいかしら?」 と、宮下君に話を振る。 ──若干、噛んだ気がするか気の所為にした。 「そうですね。麗子部長の……昔ってどうでしたか?」 少し考えながら、宮下君は私の近くのベッドサイドに座って脚を組んだ。 やっぱり麗子って言われていた。 もう、それを指摘する気にもならず話を続けた。 「えっと、昔。んー、何か普通にコスプレとかしていたり、バイトに励んでいたり、普通の学生かな」 そんな事を普通に話していると、緊張した気持ちが少しやわらいできた。 確かに宮下君はこう、如何にもギラギラと邪な気持ちで私をどうにかしてやろうと行った感じではなく、じっと話しを聞いて吟味しているかのようだった。 いくつか学生時代のエピソードを話していたら、 「麗子部長はモテたんじゃないですか?」 と、興味ありげに聞いてきた。 ──告白などはされた気がするが、何しろ学生時代はコスプレにバイトに忙しかったし。 社会人になったらコスプレは引退したが、お金を少し持った分だけ推しに貢ぐのが忙しくなった。 何しろ仕事が忙しく、そんな暇なく今のここまでやってきたと──言う感じだった。 そのような事を言った。 それより。 「宮下君の方こそモテたんじゃないの? 昔ってスポーツでもしていたのかな? あ、そこで有愛さんと出会ったとか?」 私が質問すると少し困ったような、苦笑するような。 「──僕と付き合ってくれたら話します」 と、ちょっと意地悪な顔でそう言った。
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