推しが死んでしまった!

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宮下君は同じ部署でも、入社して日も浅く、誰とも打ち解ける事なく一人でコツコツと仕事を真面目にするクールなタイプだった。 しかも長い前髪を片目だけ隠れるようにして、さらに眼鏡を掛けて、まるで銀行員の若手見たいな子だった。 ──私もあんまり話しかけても反応が無かったが、最近の若い子はこんな感じかなと。 変にコミュニケーションを図ってウザがられても仕方ないから様子を見ようと──思っていた、矢先の事だった。 それなのに、宮下君のスーツの胸元に盛大にコーヒーを掛けてしまった。 しかも顔にも掛かったようで長い前髪からポタポタと茶色の雫が滴り落ちていた。 そして無言である。 ──もう、コミュニケーションを取ってくれないと思った。 でも、なにもしない訳には行かず。 「ああっ! 本当にごめんなさいっ!」 私は慌ててハンカチで顔や胸元を拭いて行くが。 「──部長、気にしないで下さい。お仕事お疲れ様です。僕も忘れ物を取りに帰ってきた途中で、不注意でした。では、失礼します」 と、私の手をやんわり払ってその場を立ち去ろうとした。現代っ子とはこんなにもクールなものかとびっくりする。 「な、待ちなさい! 流石にそんな格好で返す訳には行かないわ!」 私はそのまま腕を掴み、取り敢えず近くの給湯室に駆け込んで備え付けのキッチンペーパーでスーツの胸元を拭き取る。 ああ。 下の白いシャツにも茶色い染みが広がっていた。 「本当にごめんなさい。クリーニング代だすわ。いえ、新しいスーツ買うから」 「……別にいいです。気にしないでください。それより髪と顔がベタベタするな……」 ……お砂糖ミルクマシマシにしたのがここで仇になってしまった。 そして宮下君はこの状況でもクール過ぎた。 それに、長い前髪に眼鏡にもコーヒーが飛び散っていてさらに、表情が読めなかった。 もう、本当に申し訳なくて。 なんだか、泣きそうになってしまう情けない私が居た。 私のピンクのハンカチはいつの間にか茶色く斑模様になっていた。 ハンカチを一度洗って、また拭いて。 せめてコーヒーの香りが薄まればと思い小さなシンクの蛇口を捻ると──。 「もういいです。こうした方が早い」 カバンをどさっと、下に置いて。 突然、首のネクタイを外して。 眼鏡をシンクの上に置いて。 ジャケットを脱ぎだし、さらにシャツまで豪快に脱ぎだした。 「ちょっ、えぇ!?」 宮下君は上半身裸になった。 そして、そのまま小さなシンクに頭を突っ込んで髪に、顔にかかったコーヒーを洗い流して行った。 私はその光景に目が釘付けになった。 あまりにも大胆な行動にびっくりしたのと。 それ以上に。 ──なんていい身体! 凄い! この身体は引き締まってる良い身体だ。 思わず見惚れてしまった。 頸椎()から筋肉の流れがわかるぐらいにくっきりとしたしなやかな肩。 肩甲骨から鮮やかに躍り出る筋僧帽筋。 そこから上腕骨についで主張しつつ、慎ましく光る三角筋が素晴らしいかった。 簡単に言うと背中、凄い鍛えてる! って事だが。 ──コスプレしている時に私も身体作りをしたからわかる。 これは昨日や今日一日で成る身体では無かった。 「脱いだら凄いのね……。って、違う」 「何か言いました?」 「な、何も言ってないわ」 パシャパシャと上半身を晒しながら頭や顔を洗うこの光景は少々目に毒だった。 それにこの光景はこちらがセクハラにならないか違う意味でもドキドキした。 そして、一通り洗い流して呑気に「さっぱりした」と、いいながらキッチンぺーパーでサッと顔を拭い、水が滴る長い前髪を手櫛でサッと上にかき上げたその姿は──。 黒髪をオールバッグにして、鋭い黒の瞳。 陶磁器のような肌に──。 私の三次元における理想のルキウス像が居た。 「ルキウス様がいたぁぁぁぁっ!?」 私は思わず叫んでしまった。
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