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これも俺だろ!
「なんだそれ」
それは冷たい一言だった。
至近距離で見る宮下君の瞳は大変鋭かった。
「だって、そんな雰囲気になる前に至る事がなかかったと言うか、仕事と推しが恋人で!」
「そうじゃなくて」
「キスぐらいはあるけれども、もう何年も前過ぎて、皮膚細胞がターンオーバーして、いっそファースキスの勢いですが!?」
「じゃなくて! 年下の俺が捨てるってどういう事?」
言葉の勢いのまま肩をぐっと掴まれた。
そして、私はバカみたいにビクついた。
「だ、だって。私の方が年上で、三十路に突入しても、宮下君はまだ二十代だし! 若い子がオバサン相手にするとか」
「だったら、明日結婚届け書いて持って来ようか? それで俺の事を信じれる?」
──け、結婚──!
私はもう声が出なくて、口をパクパクさせた。
そして心臓の動悸も凄まじかった。
「それに、捨てられるならどう考えても俺の方だろ……」
そんな事を言いつつ宮下君は私の肩に顔を埋めた。
「麗子部長は美人で、俺より仕事が出来て、人と話すのも上手で。自立しているのに。俺なんか、まだまだだし。部下だし──昔の事もあるし。だから……」
そこまで言うと、宮下君は大きなため息をついた。
その吐息は私の耳に掛かって大変くすぐったかった。
やばい。
この子は、いや。
宮下君は、宮下君なりに色々とクールな顔の下で葛藤していたらしい。
そしてやばいと思ったのはこの後に及んで私の脳みそは「この弱音を吐く感じすっごくルキウス様ぽっいな」とか思ってしまって。
そして、かわいいと思ってしまった事。
ふと窓を見ると外はすっかり暗くなっていた。
「あ、あの。その。き、気持ちは大変嬉しいです。結婚届けは、その。書かなくても大丈夫。ね、ちょっとご飯でも食べよ? お互い落ち着こ?で、ゆっくり話そう」
「──俺が食べたいのは麗子かな」
「…………え」
「だめ? だめなら、ちょっと一度部屋出ていく。このままだとちょっと理性持ちそうにないから」
耳元で囁かれる言葉とその他の情報量が多くて頭がクラクラした。
私ももう、ここまで来たら別にコトに及んでも良いと思っている。
そこまで自分の処女を守り通したい訳でもない。
ただ。
「あの、ダメとかじゃなくて。こーいう時ってその。シャワー浴びるじゃない?」
「ん、浴びたくないとか?」
「いや、浴びたい! 汗かいたし、埃ぽっいし! そうじゃなくて! その、私はちょっとこう言う経験がなくて。その。シャワーを待ってるあいだって何をしてたらいいのか、困るなぁって」
いや、テレビでもスマホでも見とけって話しですが。何か待機の仕方がわからない。
あまりにもユルユルで待つのも何か緊張感にかけるし、それこそベッドに潜り込んで全裸待機とか色気にかけるような……。
思わずそんな事を思ってしまった。
悩む私に宮下君は私の肩から顔を離して、私を見つめてきた。
その瞳は色々と期待に満ちているように楽しそうに見えた。
「いや、その前に。俺と付き合ってくれると言う──前提でいい?」
私は迷って、迷って、頷いた。
年貢の収め時だと思った。
宮下君を信じるしかないし、もしだめになったら──その時はその時。
そんな時が来ないように努力しようと思った。
そんな私の決死の覚悟を受けた宮下君は。
「嬉しい」
と、一言呟いて私を抱きしめた。
そして。
「大事にする」
シンプルな言葉だったが、それで十分だと思った。
私もおずおずと宮下君──氷河君の背中に手を伸ばした。
そうしたら、私の頭を撫でながら。
「麗子の言っていた秘密って処女って事だけ?」
「ハイ そうデス」
私の告白に氷河君はふーんと、呟いてそれだけだった。
そーいや。
とうとう、麗子になった。
一人称が僕から俺になってるし。
しかし、それ以上に年下に名前を呼ばれるって中々クルものがあるなと思った。
色々と悶々とすることばかりだった。
私は取り敢えずおずおずと訪ねた。
「……やっぱり引いた?」
「俺は別にどっちでも何とも思わない」
それはわりとありがたい言葉だと思ったが、いよいよシャワー問題をどうしようかと思っていたら私を抱いている腕に力が籠もって、いきなり抱き上げられた。
そしてつかさずお姫様抱っこの姿勢になった。
突然の事でびっくりしぱっなしだった。
「え、ちょっと、ひょ、氷河君、これは」
「──嬉しい」
「な、何が嬉しいの!?」
「名前、読んでくれて嬉しい」
今まで見てきたどの表情よりも優しく笑う氷河君。
その笑顔は反則と思わせる程に魅力的だった。
そして好きだと、頭にキスをされた。
そのままベッドに連れて行かれると思いきや、ベッドを通り過ぎて。
そのまま浴室内に連れて行かれて、ひんやりとした浴室の床にそっと降ろされた。
流石、ホテルの浴室だけあって中は広く黒のタイル張りで重厚感があって。
白い大きな浴槽に銀のシャワーヘッドはオシャレなカラーだった。
って。
何で服を着たままここに。
と、思った瞬間、氷河君がシャワーのハンドルを捻った。
当然、勢いよくシャワーベッドから水が降り注いだ。
「わ、濡れちゃう!」
私は慌てて止めようとしたら、そのまま手首を掴まれて浴室の壁に身体事押し付けられた。
ザァーっと私達に水が降り注ぎ、それはあっという間にお湯になり、髪を濡らし、服を濡らして行った。
ゆっくりと浴室内が白く曇っていく。
もうずぶ濡れだった。
なのに氷河君は挑戦的な笑みで。
「こうしたら、シャワーも浴びれて、服も脱げるし、一石二鳥かなって」
──それは初心者にはハードル高過ぎじゃないか。手加減してよ! と思った瞬間に。
ずぶ濡れのままキスをされた。
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