これも俺だろ!

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さらに二ヶ月が立った。 その間、月並みというか。 恋も仕事も順調で。 そんな感じの日々だった。 社内恋愛は禁止されていないが周囲には、とりあえず黙っておこうと言う互いの意志のもと業務に励んだ。 とりわけ、仕事と恋愛をキッチリ分ける麗子はさすがと思った。 あと時折、有愛が俺のアパートに襲撃してきては窓の外にぶん投げたり。 氷里さんがニコリと「最近、麗子部長と仲がいいんですね」と、すれ違いざまに言われたり。 そんな事があったりしたが、概ね順調な日々だった。 そして今日。 いよいよリリィのコンペの結果が発表される日だった。 発表は朝の朝礼で、主任の口からの発表を皆、今か今かとソワソワしていた。 もちろん、俺も期待していたし、麗子もその結果にドキドキしているようだった。 そして名前が呼び上げられて行くと、拍手やら喜びの声が部署内に響きわたりちょっとしたパーティー会場みたいな明るい雰囲気になった。 最後、残り二名になったとき。 「──鬼龍院麗子君。おめでとう。リリィの新たなるデザインを期待しています」 麗子は名前を呼ばれた瞬間、緊張の面持ちから真摯な落ち着いた表情になり。 「ありがとうございます。これからも弛まぬ努力を致します」 凛とした美しい所作で頭を下げる仕草は、流石の貫禄だと思った。 その挨拶に部署内に一際大きな拍手が響いた。 そして残り一枠。 否応にも緊張せずにはいられなかった。 名前を呼ばれてないメンバーには俺より実力がある先輩が何人もいた。 同期のデザインを見せて貰ったりしたが、目を瞠るものも沢山あった。 ──それらのデザインに俺のが劣るとは思わない。しかし、超えているとも思えない。 そして主任が軽く咳払いをすると、部署内は水をうったかのように静かになった。 そして。 「最後──宮下氷河君。社長からの直々の推薦でした。新鮮な風をリリィに是非吹き込んで下さい」 名前を呼ばれてビクついたの同時に──。 隣の花村が「いや、これは、その、まさか?」と、もごもごと口を動かした。 それに対して俺は思わず。 『社長、クドグループ(有愛)に対して忖度したな』 と、言いそうになった。 もう、苦笑するしかない。 そんな俺に主任が一言お願いしますと、俺の発言を促した。 俺に集中する好奇と若干の冷笑の視線が集まる。 麗子は胸元で祈るようなポーズをしていた。 そんな麗子の時とは違う、なんとも言えない空気になった。 しかし、こんな空気どうって事ない。 忖度があろうがなかろうが、俺が選ればれた事実に間違いはない。 俺は深呼吸をして喋った。 「選んで頂き、ありがとうございます。若輩ものではありますが、運も実力のうち。クドグループへの忖度があろうが、なかろうが、リリィの看板を汚す事なく邁進して参ります」 そして、もう一言。 「かつて、俺は──不良でした。ですが職人技の刺繍と出会い、感銘を深く受けてここまでやってきました。その気持を忘れないように、ゆくゆくは誰かを笑顔にするデザインを描けるように頑張ります。皆様に置いては更なるご指導ご鞭撻よろしくお願いします──」 自分の事をカミングアウトした。 過去も現在も含めて全部が俺。 恥じる事も何もない。 それに──。 そして頭を下げて、上げた瞬間──。 部署内に場違いな甲高い声が響いた。 「オーホホホッ! 麗子! 今年も当然のようにワタシのデザインが選ばれたわッ! 今こそリリィに止めをさしてモルガナに、私にひれ伏す時がきたのよっ!」 ……誰だこいつ。 細い筋肉質の身体に黒のスマートなスーツ。 金髪のボブに赤い唇。 体型が女ではなく男だと言っていた。 未だに高笑いしているこのテンションの高い、やたらとスタイリッシュなオカマは。 しかも麗子とか言ってなかったか。 一同突然の事で固まっていると、麗子が一番早く動いた。 ツカツカと、オカマに対峙する。 「これは、これは、モルガナの石橋様じゃないですか。わざわざリリィの部署までご足労頂き光栄です。モルガナは暇でいいですね?」 「はっ、その小生意気な鼻をへし折ってアンタをワタシのモノにしてやるんだから今年こそ覚悟しなさいッ! どーせ見た目に似合わない夢見すぎデザイン落選したんでしょ? 仕方ないからワタシが直々に慰めにきて上げたのよ。感謝なさいっ!」 い、石橋って麗子のライバルって人で……初めて見たが、これは……色々と脳内処理が追いつかない。 ってか、今の話を聞く限りでは俺のライバルというか、俺の障害物なのか? そんな動揺をよそに麗子は胸を張って、声も張り上げて応戦する。 「余計なお世話です! 誰が夢見すぎデザインよっ! 失礼ね! 今年も無事選ばれました。今年の私は新しい永久機関な推し存在がいるので、負ける気はないわっ! 無敵よ! 今年こそモルガナを駆逐してやるんだからっ!」 同じ自社ブランドを駆逐するとは。 意気込みが斜め上に凄いと思ったが、石橋なるオカマも負けてはいなかった。 「ふふ、ふ。ホホホッ! それでこそワタシの麗子! 相手にとって不足なし! 今年も素敵にヤりあいましょう──」 お互い、不敵な笑みを浮かべながら火花が散っているかと思うほど視線をバチバチと交わしていた。 そしてこの混沌とした空気に混沌の王様が君臨した。 「ちーっす! 氷河元気ー? 俺様登場です! なんか氷河が俺様の服作ってくれるっていうからー。作りやすいように、ここのボスに圧を掛けたんだけど、具合どう? アレだったら今からシメに行こっか?」 忖度の原因がきた。 もう、今日の有愛の髪は燃えるような赤で綺麗だなーとかしか思わなかった。 そしてその後ろでスーツをきたおじさん集団が「すみません、すみません」と謝り倒していた。 こんな状況どうすればいいんだろうか。 とりあえず煙草が吸いたくなった。 しかし、そんな俺の右腕をガシりと掴む人がいた。 それは氷里さんだった。 「──麗子部長に、宮下クンが私のおっぱいをひと揉みしたのは黙っててあげますから、あれを。あの赤毛の人を私に紹介して下さいっ!」 氷里さんの目は有愛の髪以上に赤く燃え上がるように爛々としていた。 「……紹介します……」 だから、部長には秘密でと耳打ちした。 もう、いっそお似合いの二人かも知れないと思った。 そして、さらに左腕を掴まれた。 「宮下君。氷里ちゃんと何お話をしているのかなぁ?」 それはいつの間にか側に来た麗子だった。 そして小さい声で。 「その、カミングアウトして良かったの? あと、服作りたい人って有愛さんだったのね。ふーん。私もいつか何か作って欲しいなー」 最後の方は視線を下に向けて「羨ましいな」と言った。 カミングアウト出来たのは麗子が居てくれたから。一人でも俺を受け入れてくれる人が居たら何も怖くないと思えたこと。 しかし、さすがにそれをこの状況で言える訳もなく。ぽつりと。 「部長にはいつかを作らせて下さい」 ただ、それだけを伝えた。 そうすると麗子は顔をゆっくりと上げて真顔から。 意味が分かったのか顔がどんどん赤くなって。 「え。ええええええっ! な、ひょ、氷河、君ッ!?」 「って、ちょっと麗子! ワタシと言うものがありながら浮気かしらっ!? 話は終わってなくてよっ!」 「さあ、合コンを! 今すぐ合コンのセッティングをしましょう!」 「ってか、お前、元ヤンだったのかよ。かっけーな! 今度俺にも話をきかせろよな!」 「さ、氷河。ヤキ入れにいこうぜー!」 「すみません! 本当にすみません!」 「あの、朝礼続けても……?」 各々言いたいことをいい、騒いだり、戸惑っていたり、色々だった。 そんな感じで騒がしい一日が始まった。 そんな様子をみて。 俺は笑いながら今日も一日仕事を頑張るしかないなと思った。                    了
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