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元ヤンキーってばれるだろうが!
「宮下様ですね。ではサインをお願いします」
そう言って、──僕は。
いや、俺は。
部長から届いてしまった『ヴァンパイア戦記』を配達員から受け取りながらふと、昔の事を考えていた。
やたら重たいダンボールを部屋の机の上に置いて、封を開けると真新しい紙の香りがした。
そして、一冊手に取ってみる。
それは少女漫画でも目が眼鏡よりおっきくて──とかではなく、少し大人びた繊細なイラストだった。
「これだったら思ったより楽しめるかな」
俺はコーヒーでも淹れて読んでみるかとそのまま一巻を手に取ってベッドの上に置いた。
そしてコーヒーを淹れながら、昔ならこんな事はしてなかったと苦笑してしまった。
俺はいわゆる不良だとか、ヤンキーとかいわれる存在だった。
学生の頃の勉強などちゃんとやればそれなりに結果が返って来る事に何の面白みを感じなくて。
バイクでただ走ったり、学校では教えない車の運転とか、麻雀とか。ピアスをあけるとか。格闘技とか。
そう言った事の方が楽しかった。
そして、そう言う事を選び続けていたら不良だのヤンキーだの言われる存在になっていた。
俺としてはそんなつもりは無かったが、気がつくと特攻服を身に着けて夜の街を駆け抜けていた。
俺の人生こんなもんか。
と、頭の片隅にそんな事を思いながらタバコを吸い、酒をのみ、女遊びをして典型的なヤンキーになっていた。
「髪がピンクとか、若かったなぁ……」
今は当然真っ黒にしていたが。
お湯を沸かして、カップを用意する。
その中に適当にコーヒー顆粒を入れる。
お湯が沸騰するまでしばし台所でぼうっと火を見て昔を思い出していた。
そうして──半ば諦めの気持ちを誤魔化すように、俺はとにかく大きな音を出して騒いだ。
一人で寝るのが嫌で女と夜を過ごした。
どうにも自分で処理できないモヤモヤを不良行為と言う形で発散させた。
多分、遅めの反抗期だったんだろうと思う。
「黒歴史だ……絶対に会社に知られてたまるか……」
思わず独り言がこぼれた。
そしてまた、思い出が蘇る。
そんな感じで高校生活も適当に終わりかけていた頃、チームの先輩がとてつもなく派手な特攻服を来て俺の前に現れて、次期総長はお前だと揃いの特攻服を俺にくれた。
それがすべての始まりだった。
俺は──その特攻服に施された刺繍に見惚れた。
黒地に金の昇り鯉。
舞い踊るような水の躍動感。
そして舞い散る桜。
そして絶妙な配置で名前が縫い付けられていた。
刺繍など今はほぼミシンによるものだが、それは横振り刺繍と言い、針が左右に動く横振りミシンを使い、職人が図案を見ながら職人の手で布地に柄を起こす日本独自の技法のものだった。
普通の刺繍と違って厚みや、存在感、その全てが一線を画していた。
それを見て俺は、俺も素直に作ってみたいと思ってしまった。
その一枚の服に魅了されてしまったのだった。
──お湯がふつふつと煮える音がした。
そっと火を止めた。
次の日にチームを辞めるとか、やっぱり若かったなぁと思い返していた。
揉めて俺の骨の一本が折れるぐらいで終わったのがラッキーだったけど。
そんな事を思いながら湯をカップに注ぐ。
そして、スプーンでカップを混ぜる。
「そこからさらに大変だったのだけれども」
そう、チームを辞めた日から俺は猛勉強に猛勉強を重ねて服飾の専門学校の進路を希望した。
合間合間に元チームが遊びに来たりとかしたりした。
それらを適当に地面に沈めたりして。
そこからまぁ、色々とあり──。
学び俺は分かった。
あのときの刺繍には職人の魂が込められていた。
一針一針に、技術と誇りが縫い付けらていた。
それを俺を魅了したのだった。
そして俺も誰かを魅了するようなものを作りたいと思いこの道を進んで来たのだった。
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