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そんな淡いくも苦い思い出を思い出しつつ、完成したコーヒーを一口飲む。
苦くて軽い酸味が口の中に広がる。
そして熱い液体を喉に流し込むとほのかな甘味が残った。
それは俺の現状にもよく似ていた。
現在なんとか新卒で入社した会社には俺が元ヤンとばれないように、ボロが出ないように割と必死だった。
そのせいで──と言うか、自ずと他人と壁を作ってしまった。
専門学生時代はただひたすら人の交流は避けて、勉強と課題をこなす日々だった。
学生時代は個人プレイでも問題なかった。
それが評価されることもあった。
しかし、入社したらやはりというか、個人プレイの限界があっという間に見えた。
今の俺の立場──アシスタントとうい立場上、人との関わりなしで仕事を進める事が出来ない。
学生時代のように最低限の会話のみをしていたらいけないと思っていたら幸いにも──部長。
社内でも高嶺の花と名高い鬼龍院麗子部長の元に配属になった。
最初、名前の字面とその外見でどこかの組の姐さんかと思ってしまったが、その気風のよさからあながち間違いではないと思った。
よく俺の世話や面倒も見て、他の人のフォローも自分の仕事も抜かりなくやる大人の女性だと思った。
その姿に俺は少なくとも好感を持っていた。
だから、昨日の出来事は俺的にはラッキーだったし、部長がコスプレオタクだろうが、なんだろうが他の人より近づけたのは内心嬉しかった。
──ヤンキー時代にはもっとヤバい趣味のヤツが多くて部長の趣味が可愛らしく思えたと言う事もある。
そして、自分の悩みがヤンキー関係以外の人に相談出来る機会と──下心も少しあり。
明日二人でメシに行けるのは僥倖だった。
先程、漫画が届く前に既に明日のメシの場所や時間などは決めていた。
明日、会話に詰まる事は無いだろうと思いつつ、改めて漫画を読んでいた方が部長は喜ぶと思ってベッドに横になってヴァンパイア戦記を読み出した。
そもそも。漫画自体は嫌いじゃないし昔は良く読んでいた。
今はやはりファッション雑談を読み漁る事が多くなったが。
「漫画とか久しぶりだな」
そんな感想を抱きながら漫画を読んで行った。
時折コーヒーを飲む。
漫画を読む。
コーヒーを飲む。
次の巻を──。
それを何回か繰り返して──。
俺は目から涙がじわりと出てしまっていた。
「な、なんだこれ。少女漫画かと思ったら大河ドラマじゃないか……ヴァンパイア迫害してんじゃねぇよ。全部、領主の陰謀だろが。村人気付けよ」
今、10巻程読んだ感想がこれだった。
なるほど、これはヒットすると思った。
思わずスマホ手に取って部長に感想を送った。
『夜分に失礼します。ヴァンパイア戦記めちゃくちゃ面白いです。今、10巻まで読みました』
そうしたら秒で返事が帰ってきた。
『次の11巻はもっとヤバい。そして読んでくれてありがとう♪』
その『♪』が可愛らしく思えた。
そして、部長は会社ではこんなやり取りや、こんな話し方はしない。
今日の資料室での会話もそうだった。
こんな一面を知っているのは俺だけ。
そう──。
「こんなやり取りしてるの俺だけだよな……?」
そう思うと、少し胸が高鳴った。
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