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――異変が起こったのは、その直後の事だった。
駅まで歩く道すがら、絵里が妙にそわそわし始めたのだ。
忙しなく背後を振り向いては、怯えた顔で足を早める。明らかに普通じゃない。
「……どうしたの?」
「しっ……後ろから歩いてくる男の人いるでしょう? 黒縁眼鏡の、紺っぽいスーツの」
こっそり盗み見るも、駅周辺は似たような恰好のサラリーマンばかりだから誰を指しているのかさっぱり見当がつかない。
「それが……」
「多分、借金取り」
彼女の口から飛び出した言葉に、僕は息を飲んだ。
「借金取りって……」
「死んだお父さんのなの。それがお母さんに行って、お母さんがもう駄目だから、今度は私に」
聞いただけで眩暈を覚える。
「一体、いくらあるの?」
「わからない。でも、とりあえず利子だけでも払ってもらわないと困るって」
「利子って、いくら?」
「言われてるのは、とりあえず十万でもいいから払えって」
僕は内心頭を抱えた。得てして悪い予感は当たるものだ。
僕は何も言わずに彼女の手を取って、ビルの路地へと連れ込んだ。
「ちょっとあっちゃん。急に何……」
戸惑う彼女の手に、財布から取り出した一万円札の束を握らせる。もしかすると他にもお金の問題を抱えているんじゃないかとふと思い当たり、出がけにATMで引き落として来たのだった。
「とりあえずこれでやり過ごして貰いなよ。あと、そんな借金なんて絶対まともじゃないから、弁護士に相談しよう。CMとかで見た事あるだろ? 上手く行けば、適当な和解金だけ払って手打ちにできるはずだよ。いつまでもそんな連中に追い回されてるなんて、馬鹿馬鹿しい。もし必要なら、僕が代わりに弁護士と掛け合うし」
「あっちゃん……」
絵里は瞳に浮かんだ涙を隠すように、僕の胸に顔を押し付けた。僕は迷いながらも、おそるおそる両腕を彼女の背中に回す。柔らかで温かな感触が、胸の中に広がった。
「迷惑ばかりかけてごめんね、ありがとう。あっちゃんの言う通りにしてみる」
僕の胸で泣きじゃくる絵里はびっくりするほど細く、小さくて――僕はこんなにも弱々しい彼女を、なんとかして救い出してやろうと心に誓った
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