絵里のために

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「へぇー、あっちゃんはずいぶん立派になったんだね」  大学進学のために上京し、卒業後いったんは一部上場の商社に勤めたものの、早期退職制度に手を挙げて辞めた後は、再就職先である中堅企業の仕入れ担当としてそれなりのポジションを与えられている。  今住んでいるのは、商社時代に上司から勧められて購入した1LDKのマンションだ。いずれ結婚をして手狭になったら賃貸に回すか、民泊用に貸すかして家賃収入を得ようと思っている。  ただし結婚はしておらず、恋人と呼べそうな女性もいない事もないが、今のところ結婚を考えるまでは至ってはいない――とこのあたりの女性事情はちょっとというか、だいぶふかして語ったところだ。  実のところ、交際経験としては大学時代に世話焼きの先輩とそれらしい関係になったのが最初で最後のまま、恋人らしい恋人とは巡り合えていない。その先輩とも一緒に食事に行ったり、部屋を行き来したりといった付き合いを何度か重ねただけで、特に交際が深まりはしなかった。  従って女性経験も風俗店でのものが全てであり、いわゆる素人と呼ばれる相手とそういった関係に至った試しはない――なんて正直な話を、久しぶりに再会した子供の頃の友達にできるはずもなく、つい見栄を張った次第である。  ところが絵里は全く疑うような素振りは見せず、むしろ全て素直に受け止めてくれるようで、僕の話を聞きながら「すごいねえ」「立派だわ」なんて絶えず褒めちぎってくれた。  一方不思議な事に、彼女自身について水を向けてもはぐらかすばかりで、あまり話そうとはしてくれなかった。  僕に心を開いてくれていないのか。  それとも何か言いにくいような状況に置かれているのか。  今の彼女についての情報を全く持たない僕は、嫌が応にも子供の頃に見た彼女の家庭環境を思い浮かべずにはいられなかった。
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