絵里のために

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 幼い頃の僕達が住んでいたのは、今ではあまり見かけなくなった平屋の一戸建て貸家が立ち並ぶ一角だった。思い返してみると、ああいう場所というのは得てして所得の低い人々が住む地域だったのだと思う。  僕の父はフリーのトラック運転手のような仕事をしていて、酒とパチンコが大の好物という絵に描いたようなダメ人間だったが、小学校入学と同時に引っ越して来た絵里の家は、それに輪をかけたような貧困家庭だった。  彼女は毎日同じ服を着ていて、いつもお腹を空かしていた。でも、常に笑顔を絶やさなかった。僕はそんな彼女を妹のように可愛がっていた。  僕達には他の家の子のようにテレビゲームもなかったし、お菓子を買うこづかいもなかったけど、なんら不自由を感じる事もなく、暇さえあれば一緒になって近所の原っぱや川を駆け回って遊んだ。  毎日がキラキラと輝きに満ち溢れていた。  しかし彼女は、引っ越して来て二年も経たないうちに、突然いなくなった。   家具も、服も、何もかもを家の中に残したまま、彼女の家族だけが突然姿を消したのだ。おそらく夜逃げ同然で出て行ったのだろう。  その日以来、僕達はお別れの言葉すら交わせぬまま、離れ離れになった。  あれから長い月日が経ったとはいえ、彼女は普通の生活を送れているのだろうか。  親しい人にも、通っていた学校にすら何も言わずに消え去らなければならないような状況からは、逃れられたのだろうか。
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