絵里のために

4/10

9人が本棚に入れています
本棚に追加
/10ページ
「実は……ね」  テーブルの上の皿が空になり、アルコールを運ぶ手も滞りがちになった頃、彼女はポツリと漏らした。 「あんまり上手く行ってないんだぁ」 「行ってないって……何が? 仕事とか?」 「……うん。ちょっと色々失敗しちゃって……会社辞めなくちゃならないかもしれなくって」  彼女の手違いにより大口の取引先を怒らせてしまい、あわや取引停止の瀬戸際なのだという。  相変わらずどんな仕事をしているかまでは教えてくれないが、由々しき事態であるのは間違いない。 「そう……辞めてどうするの? 貯金とか、次の仕事のあては?」  彼女はゆるゆると首を振った。 「今はこっちに一人で住んでるの? 最悪実家に帰るとか、そういう手段は……」 「お父さん、何年も前に死んじゃって、お母さんも病気で入院してるから……」  僕は絶句した。上手く行っていないどころか、いきなり八方ふさがりではないか。 「だから……たまたまあっちゃんを見つけたら、声をかけずにはいられなくなっちゃって……。ごめんね、ありがとう。今日はとっても楽しかった」  唐突に別れを切り出そうとする絵里の力ない笑みに、胸が痛んだ。 「大丈夫? 困った事があったら、なんでも言ってよ。僕で力になれるなら、できる限りの事をする。遠慮はいらないから」 「うん、ありがとう。でも、迷惑は掛けたくないから……」  渋る彼女に、僕は半ば強引に自分の連絡先を渡した。ここで別れてしまったら、本当にもう会えなくなってしまうような気がした。  彼女が僕を頼りたくないのならそれでいい。でも、最悪の時に助けを求められる存在でありたいと思う。  何もできないまま彼女を失う無力感は、もう二度と味わいたくないと思った。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加