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意外にも、一週間も経たずに絵里は連絡をくれた。
「別に、なんでもないんだけど……」
相変わらずよそよそしさをにじませる彼女に、僕は無理を言って待ち合わせの約束を取り付けた。
「どうしたの? 何かあった?」
「うん、まぁ……」
最初は口が重かった彼女も、辛抱強く待つうちに、遂に悩みを明かしてくれた。
「……会社、やっぱり辞める事になっちゃって」
「そうか。そりゃあ……」
自分で促しておきながら、かける言葉が見つからない。どうしたものかと頭を悩ませていると「でね……」と彼女は言葉を継いだ。
「部屋も出なくちゃいけない事になりそうなの」
「部屋って……社宅なの?」
「ううん。私が借りてるんだけど」
絵里はため息のように深呼吸をし、言った。
「お家賃が払えてなくて……」
「えぇ? だってまだクビになったわけじゃないんだろ? どうしてまた」
「前に失敗したって言ったでしょう? それで焦って穴埋めしようとして、会社に相談しないままとりあえず自分のお金から払っちゃったりした分があって、今さら会社にも言えなくなっちゃって、それで……」
「どうしてそんな事を」
僕は思わず天を仰いだ。彼女は昔から、良かれとさえ思えば後先考えずに突っ走るおっちょこちょいな面がある。それが悪い方に作用してしまったのだろう。
僕は腕組みして一寸考え、聞いた。
「……いくら?」
「えっ?」
「家賃。いくらあればいい? とりあえず、僕が立て替えてあげるよ。給料が入ってから返してくれればいい」
「そんな……あっちゃんに迷惑をかけるなんて」
「滞納してるって事は、もうすでに大家さんに迷惑がかかってるんだろう? だったら僕にかければいい。僕達は子供の頃からの友達だし、兄妹みたいなものじゃないか。絵里ちゃんは迷惑だって思うかもしれないけど、絵里ちゃんの役に立てるなら僕は迷惑だなんてちっとも思わないよ」
「あっちゃん……」
絵里は涙ぐんだ。
「……ごめんね。私、そんなつもりじゃなかったのに。本当にごめん」
次の日僕は、絵里の口座に二か月分の家賃十六万円を振り込んだ。決定ボタンを押す刹那、いっそ部屋を引き払って僕と一緒に住めばいいという考えが浮かんだが、結局絵里には言えずじまいだった。
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