プロポーズの相手

17/18
前へ
/556ページ
次へ
 最後の言葉が出てこない。そんなに難しい言葉じゃないのに、なぜ口にするのはこんなにも勇気がいるんだろう。  私が言葉に詰まると、彼はとても落ち着いた声で訊ねた。 「どこへ帰るの?」 「えっ」 「言って。君はどこへ帰りたい?」 「……か、さんの」 「聞こえない」  遥さんは座ったまま私の手を握って、上目遣いで訊ねてきた。じっと見つめられると恥ずかしくて顔を背けたくなる。けど、今言わなくちゃ、きっと言えなくなると思ったから。 「遥さんのところに、帰りたい」  ゆっくりと、その言葉を丁寧に紡ぐように口にしてみたら、彼はまるでほっとしたように微笑んで、それから私の手を両手で握りしめて俯いた。 「遥さん?」 「よかった……逃げられるかと思った」 「えっ?」  遥さんが顔を上げた瞬間、まるでうさぎさんみたいに寂しそうな()をしていて胸が痛くなった。 「本当は自信なんかないんだよ。まだ学校を出ていない君との結婚を急いだのも、誰にも奪われたくないからだ」 「遥さん……」 「戻ってきて、いろは。君がやりたいことがあるなら全力で応援する。大学に行けばいい。仕事がしたいならすればいい。君の人生だ。自由にして構わない。ただ……」  握られた手にぎゅっと力が入って、同時に私の胸がぎゅっと痛くなる。  私は呼吸も忘れて彼の言葉を聞いた。 「どこに行っても、必ず俺のところに帰ってきてほしい」
/556ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5436人が本棚に入れています
本棚に追加