御曹司とオタクと婚姻届

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御曹司とオタクと婚姻届

「はい、大野さん。これにサインしてね」  私、大野美也は差し出された紙を見て目を丸くした。そのいかにも『お役所』のものという雰囲気の書類には、茶色の文字で『婚姻届』としっかり書かれている。何度も瞬きをしてみるけれど、その文字が『転居届』などの別の文字に変わることはない。  視線を上げると、そこには会社の上司である栗生透の、落ち着き払ったにこにこ顔がある。  栗生さんは社長のご子息……いわゆる御曹司とかそういうやつで、三十二歳にして部長職にもついていて、仕事もできて人望も厚い……とにかく一介の平社員である私にとって遥か遠い雲の上のお方だ。  そして彼は――社内の女性社員のほとんどが熱を上げるくらいの美形である。  高く通った鼻筋は海外の血でも入っているのかと想像してしまうくらいに綺麗で、ぱっちりとした大きな瞳は長いまつ毛に縁取られて華やかだ。唇の形も整って美しく、それらのパーツが完璧な配置で顔に収まっている。栗色の髪はふわふわとした猫っ毛で、見るからに触り心地がよさそう。  ちなみに。私は今はじめて、彼とまともな会話をした。いや、会話の内容はちっともまともじゃないんだけど。  ――さて。私はどうして、栗生さんに『婚姻届』を差し出されているんだろう。  テーブルの上のそれを見ながら、私は首を傾げた。
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