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「本当は、美也ちゃんは僕のだって堂々と言いたいけど。それは……まだ嫌だよね?」
透さんはそう言って、眉尻を下げる。私は言葉に詰まりながら彼を見つめた。
「……えっと、それは。その」
お試し期間の残りはまだまだあり、彼との婚姻は確定事項ではない。
透さんが私のことを大事にしてくれていることは、ちゃんとわかっているけれど……。
お試し期間の残りの間に透さんが次の『好きな人』を見つける可能性や、私が捨てられる可能性がまったくないとは言えないのだ。さまざまな可能性を思うと、何事もなかったかのように会社に残れる余地は残しておきたい。
「その顔を見てたら、言いたいことは大体わかるよ」
困り笑いを浮かべながら、透さんは自身の食事にフォークを入れる。相変わらずの、隙のない美しい所作だ。
「僕が美也ちゃんを手放すことは絶対にないから、それは留意しておいて」
「は、はい」
「そして、できればだけれど。誰かに恋人の存在を訊ねられたら、『いる』と言うくらいはしてほしいかな」
「……う」
それも……ハードルが高くないですかね?
『どんな恋人?』なんて重ねて訊かれてバカ正直に透さんのことをなぞって答えたら、ものすごく虚言っぽくなるし。かと言って、私のレベルに合わせた架空の男性の存在をでっち上げるのも微妙である。嘘をつくのは苦手だから、絶対にどこかで襤褸が出ると思うんだよなぁ。
「……善処します」
私は結局、絞り出すようにそう言うことしかできなかった。
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