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「そういえば、あなた名前はなんて言うの」
「んー とくにない」
「え?」
「強いて言うならシクミとでも呼んでよ。君こそ名前は」
名前に、強いて、という表現は普通しないだろう。からかっているのだろうか。今日は月のせいかよく顔が見える。笑ってはいないようだ。
「アカリよ。灯す里と書くの」
「いい名前だね。羨ましいよ」
いや、すこし笑った気がした。シクミはどういう字を書くのだろうか。あの夜から起きることに成功した日は、毎晩のように私は抜け出し、彼と他愛もない雑談をするようになった。どこに住んでるだの、何の仕事をしてるだの、でも、シクミはあまり自分のことを話したがらない。名前も今日訊くまでちゃんとはわかってなかった。
夜に暗いところで話すだけの関係。だから呼び方は“あなた”とか“君”。今日で少し変わったのかもしれない。
「シクミはさ、なんで夜、外に出ようと思ったの?」
「え、おもしろいことを聞くなぁ。じゃあ灯里はなんでだい?」
「質問したのはこっちなんですけど」
「僕みたいなこと言うじゃないか」
色さえ満足にわからない夜に顔色まではうかがえない。彼は少し考えているのか押し黙っていた。答えたくないことを訊いてしまったのだろうか。
「僕はね、自由なんだ。ルールだから」
「えっと......素敵な考え方だね」
正直この人は何言ってるんだろうと思いながら、明らかに雑な相槌を打ってしまう。
「そう、考え方なんだよ。みんな自分の可能性を自分で狭くしすぎなのさ。だから灯里はすごいよ」
「狭くしてるったって、これのせいで決まってるじゃん」と言いながら手元に目を落とす。時計を確認するともうそろそろ終わりの時間だった。私は立ち上がる。
「灯里は知ってるかい? 星の文化」
「文化?...ですか?」
「うん。空を見てごらん。少しずつ星が白い線になったりして、走っていく様子が見えるでしょ」
「え、見えるかな?」
「あぁ、ごめん。常にそうなっているわけではないんだ。流れ星というんだけれどね。これに願い事を3回唱えると叶うという伝承があったんだ」
“伝承”。誰が言い残したかもわからないルール。好きな単語ではない。
「今世界中で、こうして見計らって夜出歩いているのは、君だけだ。君なら何か願い事を叶えられるかもしれない」
「願い事…」
もう一度顔を見上げて目を凝らす。初めて見た時とはさすがに空の印象も変わった。星の大小や明るさの違い。点滅したりしているものがあること。確かにシクミの言う通り、流れていくものもあった。そんな伝承信じられはしない。
そんな星達を見ることが出来るようになった今。私の願い事は何だろうか。そんなことをもやもや考えながら家路につく。
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