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「大事な話があります」  良く晴れた七月の午後。  俊哉から届いたLINEをみた香奈の脳裏に真っ先によぎったものは、フラれるかもしれないという確信にも似た予感だった。  香奈が所属するギターサークルの後輩、俊哉。  某雑誌で読者モデルをしている塩顔のイケメンで、おまけに歌もギターも上手ときたものだから、入部直後からサークルの女子にモテモテだった。  そんな彼に香奈の方から猛アタックを仕掛け、五月に告白をしてオーケーをもらえた時は、天にも昇るような気持ちだったことを覚えている。  それがたった二か月でこんなことになるなんて。  香奈はすでに泣きそうになるのをなんとかこらえ、待ち合わせ場所のカフェに向かうために家を出た。    香奈が家を出た直後から、あんなに気持ちよく晴れていた空が急に曇り始めた。やがてぽつぽつと降り出した雨は、待ち合わせ場所に着く頃には土砂降りになっていた。  まるで香奈の心を映したような夕立の中、フラフラした足取りでカフェの入り口に立つ。  びしょ濡れの女の入店に、オシャレなレトロ調の店内がにわかにざわめき立つのがわかった。 「香奈さん!」  一番奥の席から、男性にしては高く柔らかな声が届いた。声の主は慌てた様子で駆けてきて、新品らしいタオルを数枚香奈に差し出す。  俊哉だ。 「さっきコンビニで買ったんです。香奈さん、きっと濡れて来ると思ったんで」 「あ、ありがとう」 「……これで胸を隠してください。服が濡れて透けちゃってますよ」  いつもと何ら変わらない優しい響きを含んだ声に、香奈の心にわずかな期待感がもたげる。フラれると思ったのは勘違いかもしれない、と。 「目立っちゃってるんで、とりあえずテーブルに行きましょう」  俊哉の提案に小さく頷き、前を歩く彼の後を追った。 「ホットコーヒーを二つ」  俊哉が慣れた調子で注文をする。店内は、先程の珍客の来店など忘れたかのように落ち着きを取り戻していた。  が、香奈が「今日はモデルのお仕事は無いの?」と若干大きめの声で尋ねると、周囲の客が再び香奈たちの方を振り返った。 「今日はお休みです。そんなことより、突然お呼び出ししてしまってすみません」 「ううん、いいよ。俊哉のためだもん」 「……それで、話なんですが、」  俊哉が穏やかに口を開く。 「香奈さん。俺と別れてください」  ああ。  胸の中で膨らんでいた小さな希望の種が、プシューと音を立ててしぼんでゆく。 「な、んで?」  香奈はなんとか声を振り絞った。 「香奈さんのことを好きになれなかったからです」  俊哉は穏やかな口調のまま、残酷な事実を突きつけた。俊哉はさらに、グスグスと鼻をすすり上げて泣きだしてしまった香奈にハンカチを差し出しながら、尋ねた。 「香奈さん。なんで傘を差さなかったんですか」 「え」 「俺知ってるんです。香奈さん、いつも持ってるカバンに折り畳み傘を入れてますよね? それをなんで差さなかったのかって聞いてるんです」 「あ……えっと……私、気が動転しちゃってて……持ってたこと忘れてて」 「違いますよ」  強い口調で言い切る俊哉は、今まで見たことがないほど悲しそうな顔をしていた。 「濡れながら会いに来れば俺の同情が引けると思ったからです。そういう計算ができる女性なんです、あなたは。  香奈さんは、他人の目に自分がどのように映っているかとか、どうすれば周囲の注目を集められるかとか、そんなことばかり考えているように俺には見えます。  俺はそんなあなたを尊敬できないし、今後好きになることもありません。だから、」  俊哉の言葉を聞きながら黙って俯いている香奈。もう泣いていない。そんな彼女に、俊哉は最後まで優しい口調のまま二人の関係の終わりを告げた。 「俺と別れてください」  俊哉と別れて家に着いた香奈は、元カレとなった彼に最後のLINEを送った。 「私、打算的で嫌な女だったね。気付かせてくれてありがとう  これからは、俊哉が別れたことを後悔しちゃうような素敵な女性を目指すから!」  送信ボタンを押し、そのままの流れで同じ学科のほとんど話したことのないイケメン男子にもLINEを送る。 「彼氏にフラれちゃった」  そして今度は、Twitterのアイコンをタップし、 「こんなに悲しいことってあるんだね、、、涙が止まらない、、、」 10分ほど考えた文面をツイートし、ケータイを閉じてベッドの上に寝転がった香奈の目に涙はない。  早速、友人たちからのメッセージ受信を告げ始めたケータイを尻目に、香奈は「サークルの誰に相談したら一番事が大きくなるかな」なんてことを考えていた。
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