29話 ー君が嫌いだ。でも羨ましいと思うー

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「どうして……?」  自分が使えなかった煙玉を、岬が使える理由は分かった。それは万が一の為に煙玉をキーホルダーの形にして、ひとつ渡していたから。  けれどここに戻って来た理由は分からない。煙で状況は把握出来ないが、確かに岬の声で、そして突き飛ばされた。 「ごめんなさい……。追い詰められるのが見えたから、戻って、来ちゃった……」 「バカ! 僕は君に――!」 「私は大丈夫。CRHからすれば、私は一般人。下手に手は出せない、でしょう……? だから风さんは逃げて……。この間に……」 「君を置いて行ける訳ないだろう!?」 「生き延びて。また生きて、会おう……? 私も……生き延びる。また……风さんに会う……。だからお願い……」  切に願う声。そうしている間に煙は晴れていく。  斑目が逃げれるチャンスがあるとすれば、恐らく今しかない。1分に満たない会話でも、ソウマやジンはひと狩りを狙っている。  ぎりと奥歯を噛み締めた。 「……必ず。必ず会う。約束だよ?」 「もちろん。あなたの元に帰ります」  気配と音で斑目がここから去って行くのが分かった。それを聞いて、岬はほっと僅かに安心する。 「风さん……。あなたに、会えて……よかった。例え、短い時間、だったとしても……幸せでした……」  笑みを浮かべる目から涙が流れる。 「ジン! 俺はここから動けない。No.18を追え」 「了解!」  逃げて行ったことにソウマも分かり、追い討ちを掛けるよう命令する。  やがて視界を奪っていた煙が晴れていき、下官の隊員達が動き出す。その中で岬は抱き抱えられるように、ソウマの腕の中にいた。  口の端からつぅと赤色が流れる。脇腹から赤い円が滲み、そこから血が出ていた。  逃がさないと詰めていたソウマが、岬の存在に気付いた時には遅かった。出来る限り威力を殺したが、車が急に止まれないのと同じく、攻撃の手を完全に止めることは出来なかった。  長い刃は脇腹を貫通した。倒れてきた体を抱き留め、止血を行っているが止まる気配がない。 「こちらバンカ。一般人の名智岬が負傷。急ぎ救護班は来てくれ」 『了解しました』  無線で待機していた救護班を呼ぶ。来るまでの間、ソウマも応急処置を行うが、岬の顔から徐々に血の気が引いていく。 「お、願い……します……。わた、しの……命の代わり、に……。あの人を……こ、ろさ、ないで……」 「喋るな。傷口に支障をきたすぞ」 「风さ、ん……。ごめ、さい……。で、も……あり……う……」  岬の言葉は途切れ途切れになり、もうちゃんと聞き取れない。 「名智岬! しっかりしろ! 名智岬!」  ――――――。  最期、岬は何を言ったのか?  口だけが開いて、声のない言葉を呟く。  そして救護班が駆け付け、CRH内の病院に運ばれたが、岬が目覚めることはなかった――。
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