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衝撃が私にも伝わって、上に乗る男性が横に吹き飛ぶ。地面に倒れる音が聞こえ、視界に映るのは黒い髪の別の男性だった。
黒髪の男性が金髪の男性を蹴って、どうやら助けてくれたらしい。
でもすんなり理解出来る程の冷静さは持ち合わせてなくて、まだ寝たままその男性を怯えた目で見つめた。
前髪と同じ長さのミディアムヘアー。すらりと細く、灯路よりも背が高いことが伺える。
長い髪と髪の間からこちらを見る目は濃い紫色をしていて、それでいて底が見える程透き通った海のような透明感すらある。
ついさっき殺されそうになった恐怖の感情を、そんなすぐに落ち着かせることは、普通なら無理だと思う。
だけど何故か紫色の目を見ていると、不思議と胸がドキドキし始め、気持ちが昂っていく感覚になる。
現状と心の矛盾に更に思考が回らないでいると、黒髪の男性が私の右腕を取った。
「走って」
小さな声で言って立ち上がらせると、手を引っ張って走り出す。足がうまく動かなくてもつれ転げそうになるけど、何とか公園から逃げ出ていく。
途中でちらりと金髪の男性の方を見てみると、よろりと立ち上がるところだった。そして私が座っていた真後ろにあるベンチの上に、くったりと倒れる人の姿があった。左腕はだらりと垂れ、髪が長いので女性だと思う。その人はぴくりとも動かなかった。
ぽつりぽつりと住宅が立つ閑静な住宅街。そこまで走ってきて、掴まれていた手が離された。
「ここまでこれば大丈夫だと思う」
「はぁはぁ……」
走り続けてきたので息切れが起こる。まだ大きく息をしながら、男性の方を見た。
「あの……助けてくださって、ありがとうございました」
ぺこりと頭を下げる。男性はにこりと笑い返すでもなく、無表情でいいとだけ答える。余りに無愛想で素っ気なく、そればかりか視線を外し、私と目を合わそうともしない。
「じゃあ」
そう言って早々と立ち去ろうとするので、思わず腕を取ってしまった。驚きに振り返った紫色の目が丸くなって、私を見下ろす。
「あ、あの、お名前を聞かせてもらえませんか?」
すみませんと謝って手を離す。危ないところを助けてもらって何もなく、と言うのは気が引けた。
後日何かお礼の品を……と考えたけど、男性は尚も私を突っぱねた。
「いい」
小さな声で言って、横を抜けていこうとする。それを先回りする形で前に立ち、じっと目を見つめた。
「お願いします。それでは私の気が済みません」
訴え掛けていれば、紫色の目に意識を吸い込まれていくような錯覚に陥る。するとくらりと目眩に似た症状に襲われた。
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