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やっぱりそうだと思い、次の言葉を待つ。
「我々は明朝から動くことになった。それに際し、あなたにも同じ時間を強いることになる。残り僅かしかなく、強制することは申し訳ないが、時間がないことをご理解頂きたい」
軽くではあるが、丁寧で綺麗な謝罪に慌ててしまう。大丈夫ですからと両手を振った。
「そして引き渡しについて、このCRH本部ではなく、違う場所で行いたいと考えています。なのでお手数を掛けるが、あなたからテルシオペロの方に、その旨の連絡をして頂きたい」
「私が、皆に場所を伝えるってことですか?」
「はい」
イオジャクは力強く、それでいて即答した。
「分かりました」
「ありがとう。方法は電話でもLINEでも何でも構わない。ここにいる間の携帯の使用許可は出しておいたから」
「ありがとうございます」
そう言えばここ、CRHの敷地内では金属の持ち込みが出来ない。従ってスマホも使えなかったことを思い出した。
イオジャクは少し口を閉じ黙る。それから改まって口を開いた。
「テルシオペロの元に戻れる。が、それがどう言うことかは分かるね?」
そこに穏やかさはなかった。真剣にこちらを見る視線が、有無を言わさず突き刺さる。
『――テルシオペロとの再戦のきっかけを、ね。彼女を餌にすれば、あいつらは必ず来る』
ギボシの言葉が思い出される。
ギボシが私をここに連れて来た意味を思い返す。
「…………はい」
私はきっかけだ。
CRHとテルシオペロの再戦の引き金――。
小さな声で答える。目を伏せ、顔を俯かせた。
例え私を無事に返してくれる優しさがあっても、テルシオペロに負けてくれるはずはない。お互いがお互いに信念を持っていて、その為に相対し、戦い合っているのだから。
愁いに沈んだ私を見て、イオジャクはふっと真剣な色を消す。
「残酷なことを訊いて悪かったね。ただあなたの無事と無傷で渡すことは約束しよう」
「はい……」
そうとしか答えられなかった。イオジャクからは見えない、布団の中で右手を握り締める。
それからイオジャクは引き渡す予定の場所と時刻を言って、そっと部屋を出て行った。
また静けさが戻ってきて、何とも言えない静寂さが私を包み込む。これから起こる事実を突き付けられ、どうしようもない感情が湧き上がってくるが、それを止める手段が私にはなかった。
項垂れていた私は、荷物入れのカゴの中にあるショルダーバッグを取る。中からスマホを取り出し、そう言えばと、消していた電源を入れた。
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