36話 ー掴みたいのは勝利ではないー

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 すでに廊下の床や壁に血が飛び散っていた。それだけで惨たらしさが伝わってくる。  2階は夫婦の寝室と娘の部屋、トイレがあり、奥の寝室の扉が開いていた。 「イチイ中将……。この先は……」  扉横で立っていた隊員が思わず止める。けれどセイシュウは無視して、横を通り過ぎた。  ――中は、とても酷いものだった。  物はあちこちに散乱し、投げ付けたのであろうエアコンのリモコンは壊れていた。ランプも割れ、破片が散らばっている。枕も破れ、中身が出た状態で床に落ちていて、そんな床の傍ら、血の中に無惨な姿になった妻がいた。  寝室内はそこかしこに血痕があった。妻の着ているパジャマは真っ赤になっていて、もうどこが致命傷になったのか分からないくらい、あちこちに刺し傷があった。  一番悲惨だったのは顔。顔面を留めない程に殴られた挙句、何度も刃物を突き立てられていた。  そしてぐちゃぐちゃに乱れたベッドのシーツ。その上に横たわっていたのは、干からびたひとりの遺体。誰かも分からなくなったそれは紛れもなく娘であり、裸で変わり果てた姿となっていた。  干からびたことでもう暴行の跡ははっきりと分からない。けれど恥辱に回されたのは明らかで、セイシュウはそっと右手を伸ばした。  頬に涙の跡があった。微かに濡れた指先に、ぐっと右手を握り締める。手が震えた。体が震えた。心が震え出した時、小さな声でセイシュウの名を呼ぶ者がいた。 「……イチイ中将」  それはイオジャクだった。巡回中ここに向かうよう指示を受けたのは、イオジャクが率いる隊だった。  そっと彼に近付いたイオジャクだったが、それ以上何も言えなかった。何と言えばいいのか分からなかった。  ただ顔を伏せ、静かに何かに耐えるセイシュウを見つめるしか出来ない。 「――イオジャク」  長い沈黙の末、ぽつりとセイシュウが口を開いた。 「はい」 「これは、カルディアイーターの仕業で間違いないな?」 「はい」 「そいつらが、俺の家族を殺したんだな?」 「間違いないかと思います」 「分かった」  低い声。そう言ってゆらりと立ち上がる。  ――そこに尊敬する、優しく強いセイシュウの姿はなかった。
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