81人が本棚に入れています
本棚に追加
すでに廊下の床や壁に血が飛び散っていた。それだけで惨たらしさが伝わってくる。
2階は夫婦の寝室と娘の部屋、トイレがあり、奥の寝室の扉が開いていた。
「イチイ中将……。この先は……」
扉横で立っていた隊員が思わず止める。けれどセイシュウは無視して、横を通り過ぎた。
――中は、とても酷いものだった。
物はあちこちに散乱し、投げ付けたのであろうエアコンのリモコンは壊れていた。ランプも割れ、破片が散らばっている。枕も破れ、中身が出た状態で床に落ちていて、そんな床の傍ら、血の中に無惨な姿になった妻がいた。
寝室内はそこかしこに血痕があった。妻の着ているパジャマは真っ赤になっていて、もうどこが致命傷になったのか分からないくらい、あちこちに刺し傷があった。
一番悲惨だったのは顔。顔面を留めない程に殴られた挙句、何度も刃物を突き立てられていた。
そしてぐちゃぐちゃに乱れたベッドのシーツ。その上に横たわっていたのは、干からびたひとりの遺体。誰かも分からなくなったそれは紛れもなく娘であり、裸で変わり果てた姿となっていた。
干からびたことでもう暴行の跡ははっきりと分からない。けれど恥辱に回されたのは明らかで、セイシュウはそっと右手を伸ばした。
頬に涙の跡があった。微かに濡れた指先に、ぐっと右手を握り締める。手が震えた。体が震えた。心が震え出した時、小さな声でセイシュウの名を呼ぶ者がいた。
「……イチイ中将」
それはイオジャクだった。巡回中ここに向かうよう指示を受けたのは、イオジャクが率いる隊だった。
そっと彼に近付いたイオジャクだったが、それ以上何も言えなかった。何と言えばいいのか分からなかった。
ただ顔を伏せ、静かに何かに耐えるセイシュウを見つめるしか出来ない。
「――イオジャク」
長い沈黙の末、ぽつりとセイシュウが口を開いた。
「はい」
「これは、カルディアイーターの仕業で間違いないな?」
「はい」
「そいつらが、俺の家族を殺したんだな?」
「間違いないかと思います」
「分かった」
低い声。そう言ってゆらりと立ち上がる。
――そこに尊敬する、優しく強いセイシュウの姿はなかった。
最初のコメントを投稿しよう!