Ⅰ. ブシュカ

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 ルドラが鉱山で働いていると知ると、カワシマは俄然興味を持ったようで、立て続けに質問した。 「じゃあ、ルドラ君とブシュカちゃんのお父さんも、以前は鉱山で働いていたんだね」 「そうさ。体調崩して働けなくなったから、オレが引き継いだんだ」  ルドラは、帰宅早々の質問攻めで、不機嫌になっている。 「それは、ルドラ君が自ら志願したの? それとも公社の方から言われて?」 「両方だよ。オレたちも稼がないと食っていけないし、公社も人手が欲しいんだろ」 「お父さんは、今も体調崩しているの? どこにいるのかな?」 「死んだよ! もう、いいだろ!? 帰ってきたばっかりで疲れているんだ。少し休ませてくれよ」  ルドラが奥の部屋に消えた。  ブシュカは、いつもとは様子が違う兄に対して、心の中で詫びた。カワシマを家に誘い入れたことは間違いだったのかもしれない。 「お、お父さん、亡くなっちゃったんだ……。いつ頃?」  カワシマは、ブシュカの方を振り返って訊いた。ブシュカと目が合う。  ブシュカは、二年前に父親を亡くしていた。亡くなる直前まで、体調が優れない日々が続き、食事もままならなくてやせ細ったが、鉱山に働きに出ていた。  ある日、鉱山で倒れ、コルカタの病院に運ばれたが、まもなくして亡くなった。肺がんだったらしい。  ブシュカの母親も、半年前から、同じコルカタの病院に入院している。母の病も肺がんだと診断された。  ジャドゥタゴは、呪われた村である。  大人たちは次々に早世し、生まれてくる子供は、障碍児が多い。  ジャドゥタゴの噂を聞きつけてやってきたヒンドゥー教の聖者、サドゥーは、あまりの惨状に衝撃を受け、村はずれに住み着いた。今でも、毎晩のようにお祈りを捧げている。  そんなサドゥーと、ブシュカは一度だけ、会話したことがあった。 「この村から、出た方がいい。この村には、山から邪悪な空気が流れ込んでいる。ここにいても、お嬢ちゃんは幸せになれないよ」  サドゥーは、頭こそ布を巻いているが、髭も剃らず、ふんどし一枚で、全身に白い灰を塗っている。おおよそ聖者には見えなかった。 「出ていくアテも無いし、お兄ちゃんもいるから、出ていけないよ。それに、アールシュたちの面倒も見ないといけないし」  サドゥーは呪術や妖術を使えるというが、それでなんとかならないのだろうか。 「私には、祈ることしかできません。鉱山を閉じれば、この村も良くなると思うんだが……」  サドゥーは、虚無感に苛まれ、憔悴しきっているように見えた。 「私も、いつまでもつのか分からない。お嬢ちゃんだけでも、幸せになってほしいんだよ」  ブシュカはその日から、誰かが迎えに来てくれるという妄想を抱く。  おそらく、もう少ししたらルドラは隣村の女性を迎え入れ、結婚する。ブシュカも、適齢期になれば、周辺のどこかの村に嫁ぐことになるだろう。  この辺りの村は、どこも似たり寄ったりで、鉱山で働くことで生計を立てている。ブシュカの旦那さんも、鉱山で働くに違いない。  ブシュカは、旦那さんが着汚してきた服を洗濯して、料理して、短い生涯を過ごすのだ。  家に数冊だけある古本。その中の一つの雑誌が、ブシュカの妄想を勢いづける。  それには、IT企業で活躍するキャリアウーマンの記事が載っていた。取材を受ける女は美しく、表情も活き活きとしている。都会では、女性も社会進出していて、自らの能力で人生を切り開いているのだ。  ブシュカは、記事の中の女に憧れた。自分もそうなりたい。そのためには、今のこの状況を打破しないと始まらない。  誰か、ブシュカをこの村から連れ出してはくれないだろうか。
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