Ⅰ. ブシュカ

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 白ずくめのカワシマにあてがったのは、裏の倉庫部屋だった。玄関横の風通しの良い部屋を勧めたのだが、カワシマの方から、そこが良いと言ってきた。  倉庫部屋は窓も小さく、コンクリートがむき出した殺風景な部屋である。  食事の支度を終えたブシュカがカワシマを呼びに行くと、カワシマは白いマスクを取り、服も着替えていた。 「どうぞ、私のことはお構いなく。自分の食事は、持参していますので」  素っ気ない返事に、ブシュカは悲しくなった。  ブシュカの人生を変えてくれる人ではないかとカワシマに期待していたが、どうやら見当違いだったらしい。  カワシマはブシュカに興味があるわけでなく、たまたま最初に出会って、たまたま泊めてもらえたから、そこにいるだけなのだ。  次の日の朝、村人を迎えに来た公社のピックアップトラックに、白装束のカワシマが近づいた。何やら、公社の運転手と交渉しているようだが、運転手は、ずっと首を横に振り続けている。  ルドラは、食い下がるカワシマの肩を叩き、諦めろと言わんばかりに首を振り、荷台に乗り込んだ。  ピックアップトラックが村を出ていく時、それを見送っていたカワシマがリュックから携帯電話を取り出して、誰かと話しをし始めた。話しながら、村を出ていくので、ブシュカは思わず後を追った。  村を出たところに、白いバンが停まっていた。運転するのは、インド人のように見える。その車にカワシマが乗り込むと、鉱山のある方角に車が走っていった。  その日の夕方、家に戻ってきたカワシマは、白い服を脱いだ。もちろん、頭をすっぽりと覆っていたマスクも外している。 「自分だけ、逃げてちゃ、いけないと思ったんだ」と、カワシマは言った。  泊めてくれたお礼にと、日本製のサバの缶詰をもらった。魚は取れても、口にしちゃいけないと母から言われていたので、ブシュカは生まれて初めて食べた。  味付けも良く、まろやかな甘みが口中に広がる。とても、おいしかった。  カワシマが部屋からワインを取ってきた。ルドラと腹を割って話がしたいとのことだった。  その日は、カワシマは、ブシュカの手料理も食べてくれた。  ワインで酔いが回った頃、カワシマは、鉱山の危険性を指摘した。 「やめさせる。村人にあんな危険な仕事をさせていることが許せない」  公社に押し入ってでも、鉱山を閉鎖させるという。 「だめだ、やめてくれ。そんなことはしなくていい。して欲しくない。仕事がなくなってしまう。妹も育てなきゃいけない。生活しないといけないんだ」  他に仕事が無いから仕方がないと、ルドラが訴えた。ブシュカも、兄と全く同じ意見だった。  カワシマは歯痒そうな表情をした。  カワシマは、平和で豊かな国で生まれ育ったから分からないのだ。生きてく術がいくつもある国なら、わがままも言えるが、ここでは無理だ。 「他に仕事があれば、いいんだな。仕事をもってこればいいんだな」  カワシマは眉間にしわを寄せ、何かを考え始めた。  ブシュカは、ハッとして、鼓動が一瞬止まる。  そうか、ここから逃げ出すことばかりを考えていたが、ここが変わればいいのだ。ジャドゥタゴにIT企業がこれば、ブシュカの夢も叶うかもしれない。  やはりカワシマは、白馬の王子であり、救世主なのかもしれない。  ブシュカは、期待した。何かが変わる。ルドラもそう感じたのか、目を輝かせていた。  夜も更け、ジャドゥタゴの明るい未来の夢物語で盛り上がっていた頃、家の外でクラクションが鳴った。  白いバンがカワシマを迎えに来ていた。 「必ず、もう一度戻ってくるから」  カワシマはそう言い残して、バンに乗った。
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