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次の日。
どの面下げて…とは自分でもツッコミつつも、就活サポート課に向かった。
「あっ……」
「うぃーす。叶ちゃん、おはよ」
俺の姿を認めて、叶ちゃんは目を丸くした。けれど直ぐに、ほっとしたように笑うものだから、まったく、俺キラーで困るわ。
いつものようにピーチティーをいれて、カウンター席に座る。スーツを来ている学生がちらほらといて、就活かぁ…と三年後の自分の姿を少しだけ想像した。
「………あのさ、叶ちゃん、昨日は…」
「あっ! 待って! 個室! 個室使おう!」
続く言葉を遮って、叶ちゃんは素早く、壁にかかった鍵を取って来る。就活サポート課に用意されている三つの個室の内、一番右端の部屋に俺を案内した。
(……個室。二人っきり…)
煩い、心臓黙れ。
不用意に心臓が高鳴り、手汗をかいた。アホ。何もないよ。期待するようなこと、何一つ。……なんとか、そんな自分の心臓を宥める。
中には背の低い長机に、それを挟んでソファーが二つ置いてあった。細長い部屋だった。奥に大きな窓が一つ。薄いカーテンが閉まっていた。
ちょっと暑いね、と叶ちゃんがクーラーを点けてくれている間にソファーに座る。ふかふかだ。
「……昨日は、情けないところ見せたね。ごめん」
後から座った叶ちゃんが、座るなり謝ってきた。
「……別に。ニンゲンらしくていんじゃない?」
「人間らしいって」
叶ちゃんは照れているのか少しだけ頬を赤らめて、笑った。俺も貰い照れしてしまってなんだか気恥ずかしくなり、誤魔化すようにピーチティーを飲んだ。「俺はさ、」とつい口走る。
「俺はさ、好きな奴には幸せに笑ってて欲しいんだよね。それが、俺の“アイシカタ”なの」
叶ちゃんはどうも、俺が秋夜の事を好きだと思っているらしい。まぁ、好きは好きだ。でも、叶ちゃんが秋夜を好きなのと、この想いは違う。
勝手に、叶ちゃんが俺に対して罪悪感を抱かないように先手を打ったつもりだった。
「………それは、でも……自分の傍で、とか。自分の手で、とか。思わない? 好きな人を自分の手で幸せに出来る。それこそ、幸せの最骨頂じゃないの?」
君の幸せは、本当にそこにあるの? と。
それは凄く純粋な言葉で、だからこそ、苦笑して応えるしかなかった。そんなの、どんなに望んだって叶わないことだらけだ。「そんなのはさ、ゼイタクなんだよ」本音のままに、零れた。
「叶ちゃんはきっと、そこそこ贅沢に暮らしてきたんだろうね。不自由無く。愛情に包まれてさ。それが当たり前なんだって、思い込んでさ。幸せなんてものはさ、誰かにして貰うモノでも、あげるモノでもなくて、自分でなるモノなんだよ」
「…………悟ってるね」
目を丸めて聞いてくれた後、しかし叶ちゃんはどこか茶化すように笑った。
その顔に、俺も救われる。真面目に語ってしまって恥ずかしかったから、照れ隠しのように笑って、「でしょ?」と返した。
「僕、今、めっちゃ芳樹のこと好きなんだけど…? ハグしていい?」
「はいはい。そう言うのは、本命にな」
「この後どう? 一杯付き合ってくれない?」
「俺、未成年だから」
そんな気安いやり取りが続いて、笑い合った。
この日は残念ながら俺のシフトが入ってて、仕切り直しのサシ飲みは、後日になった。
叶ちゃんの退勤を正門で待って、合流して歩く。今日も秋夜の友人が居たら良くないなと思って、秋夜のバイト先とは違う居酒屋に行くことにした。
その時後ろから、すみません、とかかる声があり、振り返る。
「あ、」
その顔に、叶ちゃんと二人で目を丸くした。
「芳樹と叶、さん………で、合ってます?」
コンビニの袋を下げた青年には、見覚えがあった。「…そうだけど」と、ぽかんとしている叶ちゃんの代わりに眉を寄せる。
「やっぱり。秋夜の友人ですよね?」
そいつー秋夜の恐らくかつて好きだった相手ーは笑った。人当たりのいい笑顔だ。爽やか系男子くんだ。絶対、漫画でよくあるような部活や青春を謳歌してきた系、男子。夏や汗がよく似合う感じ。
「……お前は?」
なんだか、めちゃくちゃ面白く無かった。
ぶっきらぼうに、低い声で問う。「ああ、すみません」と言うその顔ですら、俺の態度に気を悪くした風もなく、爽やかだ。
「俺、秋夜の友人で、朝倉って言います。朝倉敦也」
俺達はやっと体ごと彼と向かい合い、話をする姿勢になる。
「この前、居酒屋に来てたでしょう? 秋夜がバイトしてるとこの。店に入るなり急に出ていくから、気になって。それ、同じの秋夜も持ってて。もしかしたら、って思って。秋夜の“彼氏”の芳樹に、“ナンパ男”の叶さん?」
「………」
徐にそいつが指差した先には叶ちゃんのバッグがあって、キーホルダーのクマが呑気にコーヒーを飲んでいた。
何も答えていない内に、そいつはやっぱり笑う。
「そうですよね? ありがとうございます。秋夜の傍に居てくれて」
「……こちらこそ、アリガトウ。高校卒業まで、秋夜の傍に居てくれて」
お前秋夜の何なんだよ、と思った不愉快さを隠さずに嫌みげに返せば、隣で叶ちゃんがぎょっとした。俺はまっすぐにこの爽やか系男子くんを見る。
ほんの一瞬、むっとした顔をしただけで、直ぐに「気に触る言い方でしたね。すみません」とカラッと返す。あー。そういうとこ。やっぱなんか、嫌い。
「でも、俺、嬉しくて。秋夜が随分変わったなって……」そんな台詞から始まり、「あなた達のおかげですよね? だから、お礼が言いたくて」と言う。いけ好かなかった。
「…アサクラさんにお礼を言われるようなことは何もありませんけど?」
俺のひねくれた物言いに、爽やか君は苦笑した。困り顔で眉をしかめるその顔にも、やれやれと言うメッセージを受け取って、やっぱりいけ好かない。なんだか、優位に立っていると勘違いしているような、そんな感じがする。………いや多分、俺のフィルター越しだからで、コイツは多分、いい奴なんだと思う…。けどでも、だからこそ、面白くない。何しに来たんだよ、秋夜の好きだった男が。今更。
「まぁ、俺の自己満足です。アイツ、誤解されることも多かったんで。それなのに、自分のことに無関心な人間だったから。不安だったんです。一人で全く見知らぬ土地に行くなんて。結果、杞憂になってよかった。ありがとう」
その言葉には、コイツの傍に居た頃の秋夜もやっぱりそんな感じだったのか、と秋夜と出会った頃を思い出す。感じ悪いな、と思ってたらただの人付き合いが苦手な不器用男子で。自分の事に無関心だったから、空腹で倒れたりなんかして。…そりゃ、不安だな。
やっぱり、秋夜に近しい人間だったんだな、と思いつつ、それでも変わらなかった秋夜に変化をもたらしてたのは、やっぱり叶ちゃんだったんだと思うと…哀愁のような、「叶ちゃんの勝ちじゃん」と誇らしいような……なんとも言えない気持ちになる。
「…シュウヤ君は? 一緒じゃないの?」
俺が黙っていたからか、叶ちゃんが初めて口を開く。相変わらず秋夜の事だったのが、なんか可笑しかった。問われた彼は持っていたコンビニの袋を胸の高さまで掲げて、「じゃんけんで負けたんで、アイスの買い出しです」と答えた。
「今から一緒にどうですか?」
「悪いけど、これから叶ちゃんと飯だから」
その誘いには間髪入れずに断って、俺は「それじゃあ」と行こうとしてた道へと踵を返す。さっさと立ち去ってしまいたかったのに、「あ、」と彼の声が俺を引き留める。不躾に、耳打ちしてくる。
「芳樹さんさ、どっちが好きなの?」
「はぁ?」
そんな、立ち入ったことを。今さっき出会ったばかりの奴に訊くか? 普通!
「見てわかんない? どっちもだよ!」
近くに叶ちゃんがいたけど、苛立ちにその声のボリュームが上手く調節できたかわかんない。ああもう、別にいいや。今更、バレたって。何も変わんないし。
今度こそ、歩き始めた。
後ろで叶ちゃんが簡単な別れの挨拶をして、小走りに着いてくる音が聞こえていた。
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