3.田中芳樹のアイシカタ

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「なに、あいつ! いけ好かん!」 「傍目、芳樹の方がいけ好かん奴だったけどね」  何、叶ちゃん、アイツの肩持つの? と、内心ショックを受けつつ睨めば、叶ちゃんは「コワイコワイ」と肩を竦めた。……全然怖がってないじゃん。  でも、その様子に高ぶっていた熱もスゥッと引いていった。 「……………はぁ、まあ、いっか。過去の奴なんて、所詮『過去の奴』だし」 「………」  俺の発言に、叶ちゃんが急にぎくしゃくとして、不自然にジョッキを傾けた。 「………」  あ、何かあるのね、叶ちゃんにも。引きずってる過去の奴(おもいで)が。 「……………聞くけど…」 「えっ、あ、な、何がっ…!」 「いや、だから、隠すの下手くそか」  ここまで来るとちょっと頭痛がしてきそうだった。それでも言い渋る叶ちゃんに、あまり無理強いせずに酒の方を勧めると、ものの数十分後には遂に、その過去について口を割ってくれた。……チョロい。 「叶ちゃんにも、その元カノさんじゃ無かったんだよ」  ホモなんかな?とは思っていたけど、叶ちゃんはバイだった。  トラウマの原因を作ったのは元カノで、好きな人が出来たと書き置きを残して、突然失踪してしまったらしい。書き置きには、『私の幸せを本当に願ってくれるのなら、どうか探さないで』と書かれていたらしいく、その言葉が当時の叶青年の胸を抉ったんだとか。自分が愛している人を、幸せにしてあげられるのが必ずしも自分であるとは限らない。と、悟ったんだとか。  んで、俺の結論が、それ。 「その元カノさんが幸せになる為には、叶ちゃんじゃなかったように。叶ちゃんにも、元カノさんじゃなかっただけじゃん」  ねぎまに噛りつきながら、あっけらんかと言ってやる。特にその心を汲んでやるようなことは敢えてしなかった。だって、『過去』だし。 「……う、」 「え?何?」 「古傷が…痛む……」 「よっわ。アルコール飲め飲めー!消毒して、晒しとけ~!」  痛むと言って胸を抑えていた手を、俺のノリに合わせて「おー!」と小さく掲げた。あ、よかった。それなりには、酔ってるのかな?……酔ってるフリかも。  その赤い顔が、アルコールによるものなのか、暴露した過去を恥ずかしんでのそれなのかはわからなかったけど、でも、叶ちゃんはこのエピソードをずっと人に話して来なかったのだろうな、と言うことはわかった。  空気に触れて、やっとかさぶたになって、取れる。  そんな心の傷もあると思う。 (………俺って、マジで良い奴よな)  何度目かの、酒とドリンクの乾杯をして、それからはもう、他愛もない話で盛り上がった。   
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