4.予報外れの、その雨のように

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 その次の日。  結局、二人がどうなったのか連絡はなかった。…そりゃまぁ、『付き合うことになりました』なんて連絡、普通しない。結婚かよ。……それでもスマホ画面に新着メッセージが来てないことを何度も確認してしまい、苦笑した。  夕方は秋夜のシフトが入っている。もう、俺の役割は終わったんじゃね?と思ったけれど、そう簡単に習慣も変えられず、今日が最後ね、と自分と約束して店を訪れた。  「いらっしゃいま…あ、芳樹」  店に入ると直ぐに秋夜と目が合い、ボーゼンと立ち尽くした。そんな俺に秋夜は首を傾げ、「いらっしゃいませ」と再び声をかけた。  カウンターを挟んで秋夜の目の前に座っていた叶ちゃんもこちらを向く。「あ」と口が開いたのがわかる。音までは聞こえなかったけど。 「…………なんだよ、遂にか」  やっと足が動き、叶ちゃんの隣に座った。予想していたこととは言え、生で見るとやっぱり、少なからず衝撃はあった。ああ、これでやっと、 (………失恋、したんだなぁ……) 「……オメデト」 「あ、ありがとう。………分かる?」 「そりゃ。幸せオーラ全開で、お花飛んでるから」  俺と叶ちゃんとのやりとりに、秋夜は再び首を傾げてから、ハッとしたように「もしかして」と小さく切り出す。 「……………知ってるの…?」  なんのことを指すのか言わずとも、分かる。  俺はこくりと首を縦に動かした。 「………バレバレ」  秋夜は一瞬にして、かぁっと顔全体を真っ赤にした。  初めて見た秋夜のそんな顔に、俺と叶ちゃんは目を丸め、顔を見合わせてうんうんと頷いた。 「…君の彼女、可愛いですな」 「おたくの彼氏、可愛いですな」 「…………やめて」  注文は?と睨むように訊かれて、「いつものやつ」と応えると、「はいはい」と秋夜が去っていく。赤らめた顔で美人男子に睨まれるの、なかなかオツなものでした。ごちそーさん。 「………何、今の、阿吽の呼吸みたいなオーダーの通し方……」  心の中で合掌していると、秋夜の彼氏が嫉妬を露にしてきた。ちょっと面白くて、ふふん、と鼻で笑ってやる。 「叶ちゃんとは常連度が違う」 「くっそー!うん、でも、確かにーっ!その節はお世話になりましたーっ!」 「別に、叶ちゃんにお礼を言われる事じゃないし」 「生意気っ!」    くだらない話をした時みたいに、二人して笑った。 (楽しいじゃん。こんな風に、ずっと関わっていけたら良いなぁ…)  厨房で視線を感じて、そちらの方を盗み見ると案の定、視線の主は秋夜だった。いやはや、美人に嫉妬されるというのも、悪い気はしない。 (頑張れよ、君たち)  ちょっと達観した人間を演じて、そう思った。  同性カップルっていうのは、未だに世間でどう思わせているのかとか結婚についてとか、よく知らない。沢山の、心無い向かい風が彼らの行く手を阻むかもしれない。  でも、頑張れよ。俺は味方だから。そう伝えたい。いつまでもその幸せを願っていると、伝わったら良いなと思う。  それからも、時々秋夜も交えてくだらない話で盛り上がって、秋夜の退勤後、叶ちゃんの車で家まで送って貰って、二人と別れた。  静かな夜だった。夜の間に雨が降ると聞いていたけれど、空気は少しも澱んでいなかった。
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