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「何やってんの! もお!」
「ご、ごめんごめん」
就活サポート課に着くなり、叶ちゃんとアイコンタクト。親指で、個室になっている相談室の一室を指差して、鍵を持って来るように、無言の指示をした。
叶ちゃんが個室の鍵を開け、二人で中に入る。と、我慢していた言葉を一気に吐き出した。勿論、小声で。
「迂闊なんだよ! 外をっ! 二人でっ! 並んでっ! 歩くなッ!」
「うん、はい。すみません、気を付けますぅ…!」
叶ちゃんは、どうどう、と俺をいなすように両手を胸の前に広げた。じっと睨むように見れば、眉をハの字に下げて、「ごめんね。ほんと、ありがとう」と頼り無く笑った。そこで、目を閉じて息を吐く。
「はぁー。もう。次からは気を付けてよ。取り敢えず、秋夜の親戚の家が近いって事にしといたから。口裏合わせてよ」
「痛み入る~」
キッとまた睨めば、「ほんとありがとう」と微笑まれるので、もう何も告げられない。くっそ、やっぱり、叶ちゃんの顔、好きなんだよな、……。
ふぅ、とまた息を吐くことで、気持ちを落ち着かせる。そのまま、相談室の椅子に座れば、当然のようにその向かいに叶ちゃんが座った。
長方形のこの細長い個室で、二人きりになるのは二回目だ。いつもより心臓の音がうるさい気がするのは、気にしないでおこうと思う。淡く、痛い、とか。そういう詩的な感傷に浸るような感性、俺、持ってないから。
「未成年。学生と教職員。男同士。淫行。ほんと、笑えないから」
「淫行って…」
背もたれにぐっと背中を預けながら、言う。
叶ちゃんの苦笑から、なんと無く、まだこいつら致してないのかな、と感じ取った。いや、知らんけど。
「別に。純愛だろうと、世間はそう見てくれないから、気を付けろよってこと」
「うん。わかってる…。ごめん、ありがと」
叶ちゃんの上目遣いに、なんだかくすぐったくなってもぞもぞとした。
誤魔化すように、リュックから巾着袋を取り出す。更にその中から、ラップに包まれた少し大きめのおにぎりを取り出した。「ごめんけど、ここで食べていい?」言いながらラップをほどいていく俺に微笑して、叶ちゃんは「特別だよ」と頷いた。
特別、という言葉が胸に木霊する。ああ、もう、くそ。ーーー…やっぱり、そう簡単に忘れることの出来ない想いはあった。
此処でこうして。二人きりになってもいいものなのだろうか、と頭に浮かぶのは秋夜の顔だった。俺の想像の中の彼の無表情の顔は、努めてそうであって、本当のところはやっぱり少し、怒っているような気がした。
「うーん」
「何? 見られてると、食べにくい?」
「いや……、叶ちゃんはさ、俺と秋夜が付き合ってることになってるの、いいの?」
「うーん……」
今度は叶ちゃんが唸る番だった。
顰めっ面で腕を組んでいる。それはちょっと、パフォーマンスじみてもいた。だから続く言葉を予感できなくて、俺は静かにそれを見守りながら、おにぎりを頬張った。
「……まぁ、芳樹なら……不本意だけど……」
「……ふーん?」
「不本意だけど」
繰り返す叶ちゃんは、本当に不本意だと言う顔をしながら、笑った。彼は、かつて俺が秋夜の事が好きだったと勘違いをしているだろうから、本当は、気が気ではないはずだ。
「俺なら、ねぇ」
しみじみと呟くと、また「不本意だけど」と繰り返す叶ちゃんに笑ってしまった。
「最近どうなの? あ、仕事大丈夫?」
「僕が出ていって、芳樹が一人でこの部屋にいるの変だろ? 大丈夫。学生との他愛ない会話も、仕事の内だから」
「ふーん?」
この時間を「仕事」と思われるのはなんだか嫌だったが、そういう“建前”で一緒にいてくれるだけなんだと思う。やっぱり、なんだかもぞもぞとして、最後の一口を頬張った。
「で、どうなの? 最近。秋夜とケンカとかするの?」
興味があるような無いような。二人の話を聞きたいような聞きたくないような。米粒の付いた指を舐めながら、素っ気なく訊いた。
この二人きりの空間に、[[rb:叶ちゃんの恋人>しゅうや]]の話をしていないと、なんだかマズイような気がした。……『叶ちゃんは秋夜と付き合っているのだ』と、脳みそに叩き込む為には必要な会話のように思った。
カチコチ、と味気ない音がする。シンプルな時計が秒針を刻む。
叶ちゃんが考えるように、うーん、と小さく唸って宙を見ているのを、ぼんやりと眺めた。「叶ちゃんの後ろ髪、大分伸びたな」とか「首のとこ、小さいほくろがあったんだな」とか、無意識に思ってしまって、慌てて目を逸らす。なんだかやっぱり、良くない時間なのかも知れない。
「……言っていいのかわかんないけど、一回あったなぁ……。なんか、ケンカみたくなっちゃったこと」
出なければいけないだろうか、でも別にやましいことはしてないし………、なんて思ってる間に、叶ちゃんはしみじみと口を開いた。
「………ふーん?」
「えっ?! 自分から話しフッといて、興味無さ過ぎない?!」
「いや。ごめん。やっぱし、キョーミ無いわ」
パンッと音を立てて手を合わせ、「御馳走様でしたっ!」と外には聞こえないくらいの声で言う。「食ったことだし」と椅子から立つ。
「部屋貸してくれて、あんがと。もー行くわ」
「珍し。いつもは空きコマ一杯、時間潰すくせに」
何曜日にはいついつの時間にやって来る、って、叶ちゃんは把握しているみたいだった。俺は苦笑した。
「それ、もうやめるわ」
するり、と自然に口から出た。
「それは、仕事が捗っていいや」なんて憎まれ口でも叩くかなと思ってみれば、叶ちゃんは目を丸めた後、「そっか、」とぎこちなく、笑った。
寂しくなるな、なんて言わなかったけれど。何と無く、残念がるような、寂しがるような目をして、笑った。
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