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さて。
どうやって時間を潰すかな、と。就活サポート課を出た俺は、上着のポケットに手を突っ込んでぷらぷらと歩く。
すれ違うように正門から入ってきた友人らに「ガラ悪い奴がこっち来てると思ったら、芳樹じゃん」と笑われた。「何、めっちゃ機嫌悪そうじゃん。どしたん?」とか、からかうように言われたりもした。
「うっせ」とか「二限休講だったんだよ」とか、適当に返しながら、正門までやってきてしまった。家に帰るのも、なんかダルい。四講目の為にまた此処に来なきゃいけないし。適当な奴とつるんでもいいんだろうけど……、と思いつつ、スマホを開く。
秋夜の個人ラインに、『今から行ってもいい?』と打ち込んで、消した。
(………ダメじゃん、二人きりは……)
いや、ダメなのか?
俺ら、友人だよな?
いや、でも、……ダメだよな。
うーん、と悩んだが、やっぱり今度は、叶ちゃんがもやもやするだろうなと思い断念した。代わりに、翔に電話をかける。
何度かコールをした後、『どしたん?』と少し驚いたような声で、翔が出た。
「いや、休講なら教えてよ」
『先週オガチャン言ってたじゃん』
オガチャン、とは先程の講義の担当教諭の事である。決して親しみやすいわけではないが、見た目、背の小さなただのおじいちゃんである彼の事を、皆、陰でそう呼んでいた。
「えぇー? 記憶に無いし。結構来てたけど?」
『だっせ! 秋夜も大成も来てたん?』
「いや、大成だけ…」
だっせ!と翔はまた、ケラケラと笑った。
「暇だし、出て来いよ。アパートに居るんだろ?」
『あー…。彼女と居るんだわ、これが』
「……電話、出てんなよ」
『気にしないって』
そういう問題じゃないだろ、と思うのと、翔からの「大成は?」という問い掛けが同時だった。
「大成は? 居ないの? 一緒だったんだろ?」
その名前に、さっさと帰った無駄にデカイ背中を思い出して、苛立つ。
正門にすっかりと背中を預け、「とっとと帰りやがった」と告げれば、電話の向こうはまた笑った。
『フラれてやんのー』
「なんそれ。別に、好きでもねぇし」
『? 何、苛立ってんの? いつもフラりと消えるの、芳樹の方じゃん。就活サポート課行くとか言って。今日は行かねぇの?』
「……もう、行かない」
思わず弱気な声が[[rb:溢>こぼ]]れて、電話の向こうでは疑問を浮かべた空気が漂う。いや、それは流石に気のせいか。「ふーん?」くらいに思っているのだろう。翔は、足繁く就活サポート課に通う俺のことを『(見かけによらず、)良い企業に就職したい熱心な学生』と思っているらしかった。
『まぁ、挫折って大事よな』
ほら。見当違いに納得するところがあったのだろう。うんうん、と勝手に頷く。それでも今の俺には的確な言葉で、ちょっと胸に刺さってしまった。きっと、翔が想像したことは事実とは全く違う『挫折』だろうが。
『いいじゃん。もう少し、肩の力抜いて遊んだら? お前、見かけのよらず真面目だし、普段バイトばっかだし。ほんと、見かけによらず真面目だし』
「二度言うな」
くっくと笑う声。
翔は、俺らの中で一番インテリで、色々と器用な奴だ。勉強も出来るし、人付き合いもそこそこ。それから、意外と肩の力の抜きどころも弁えている。真面目の代名詞とも言えなくもない黒渕眼鏡をかけている翔よりも、金髪にピアスだらけの俺を「真面目」と評価するには、なかなか世間は受け入れ難いものがある気がする。
『今度さ、空きコマにドライブ行くんだけど、芳樹も行く?』
「は? 車買ったの? てか、免許持ってたっけ?」
『いやいや。サークルの先輩の。いい人だから、芳樹にも紹介したかったんだよねー。大成とはもう、何度か行ってるんだけどさー』
「ふーん? じゃ、今度行こうかな」
それから二、三のやり取りの後、流石に翔の彼女に申し訳ないかなと電話を切った。
ついしゃがみこんでいた腰を浮かし、「大成のとこでも行くかな」と思った。ここから見えてる秋夜のアパートに行けたら一番いいけど。流石に、やっぱり叶ちゃんに悪いし。
大成のアパートまでは徒歩十五分くらい。少し、歩く。でもまぁ、あの長身しか取り柄のない男が、一人でいち早く帰りたかった理由を邪魔してやるのは悪くない。大成が無礼講の塊みたいな人間だから、こっちも、ある程度は無礼な振る舞いも許されるような、変な安心感はあったりする。
そして、何より、
(……なんか、腹立つし……)
休講と知るなり、当然のようにさっさと一人で帰ったあの後ろ姿を再び思い出す。
“余り者”同士、くっついてしまったら帳尻合って丁度イイジャン★ーーーみたいな軽ノリで告白(?)紛いなことをしてきたのは勿論、分かっていたが。せめてもこう、もっと、なんか、こう。少しくらい、それっぽく振る舞えよ!こっぴどくフッてやるのに!何が「スパダリ」だ!
もやもやとしている間にも、前へ前へとせかせかと足が動いた。よく行くネカフェを通り過ぎ、件のダーツやビリヤードが出来る店を通り過ぎて、見慣れた、古びたアパートの前までやって来た。
築三十年って言ってたか。俺らより、大分年上だ。外装こそ、その年季を感じるものの、内装は一度、リフォームしたようで意外と綺麗だったと思う。
階段を上がる。三階の、一番奥の角部屋。
ビーッとインターフォンが鳴る。不在を疑う程静かだった部屋から、人の気配がした。
「あれ?」
ドア越しに間抜けな声がした。続いて、鍵の開く音。
「芳樹じゃん。どしたの?」
「………別に。暇だったから」
なんだそれ!とセルフツッコミ。
いや、なんか、こう、理由なんて、別に良くね?なんで俺、モゴモゴ喋ってんの?きっしょ。
大成は何を思ったのか。否、………別に、思うことなんてないか。いつもと変わらない顔で俺を見ていた。気を取り直して、俺も、睨むように奴を見上げる。
「お前もどうせ暇だろ? ゲームでもしようぜ、付き合えよ」
いつものように玄関に上がろうとするが、いつもと違って、巨体がどかない。
「あー……」と気まずそうな声が漏れた。「わりぃ、今、無理だわ」と続く。
「は?」
つい溢した声は、自分でも少し驚くくらい、低かった。
「たいせぇー? 誰か来たのぉ?」
その、部屋の奥から。足音と共に女の甘い声が、した。「やべ、」と何処か慌てた様子の大成は、「こっち来んなよ!」と大声で奥の部屋に叫んだ後、「悪いけど、今、ほんと無理だから」とドアを閉める。
「……………は?」
閉じられたドアを数秒、見詰め。
ドスの効いた、低い、声が出た。
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