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入学して直ぐ、同じ学科の二人とつるむようになった。
太田翔と一宮大成と言う。同じ学科と言う点以外、まるで接点が無い。
翔は知性の塊ような顔つきをしていて、見るからに真面目で頭が良さそうだ。黒淵メガネもそれを強調する為の小道具のように光る。明るい髪に、沢山のピアスーーーチャラチャラして見える俺との対比は凄いはずだ。
大成は名前の通りに「大きく成った」が持ちネタの背の高い男だった。背ばかりが無駄に大きく、ちょっとゲスいところがある。下ネタも結構言う。生まれてこの方、そう言ったことをあまり口にして来なかった俺には時々、聞くに耐えない時がある。
見た目も性格も、俺達に共通点なんてなかった。
しかし、大学の交遊関係に置いて『同じ学科』というものは成程、とても大事な縁だった。
「あっ、芳樹、アイツ。知ってる?」
「うん?」
講義が始まる前、大成が指を指した方向に目をやると、その指の先には大層綺麗な顔をした短髪美人がいた。
「何、」
気の無いふりをして、その意図を訊く。
大成は「女だと思う? 男だと思う?」なんてにやにやと続けた。ちょっと感じが悪い。こいつ、ほんと、こういうところがある。
そんな大成には眉をしかめて、直ぐにその人へ視線を戻した。
中講義室のこの部屋で、その人の周りだけ人が居ない。皆、遠巻きにその人を見ていた。話しかけたいけどかけていいものか、と皆、躊躇しているんだろう。わかる。その人を取り巻く空気だけ、何だか別世界のようだった。端正な顔ってのは、この人の事を言うのかと思った。
まるで人形みたいだ。
服装こそ飾り気の無い無地のTシャツにパンツスタイルではあったものの、それが逆に良い。ほんと、性別不明だ。それ故に、皆、声をかけられないのかもしれない。
「あー………、おとこ」
それでもやっぱ、男だろう。胸無いし。背も小さくて華奢だけど。大成も「アイツ」って言ってたし。
「ちぇ、なんだ。つまんねぇの」
大成の台詞から、それが正解であると分かる。隣で翔が笑った。トレードマークの黒淵メガネをずらして、涙を拭いている。
「大桐秋夜クンって言うらしいよ。大成、女だと思って声かけたら、見事撃沈よ」
「うっせぇ。いや、俺、シューヤ君ならイケるかも。そっちの道に目覚めてもいいかもしれん」
「『男かよッ!』ってあんなに大声で言っといて? もう、絶対口きいてくれないぜ」
尚も可笑しそうに笑う翔。いつの間にそんな愉快なことがあったんだ? 俺とこの二人の時間割はほぼほぼ同じだった。一緒に組んだから。
「昨日の夕方よ。めっちゃホットなニュース。お前、早々に帰ってたろ?」
「あー。なるほど」
俺の疑問を察した翔が教えてくれた。ほんと、こいつ、気の回る奴だ。ちょっとだけ、そんなところが下の兄ちゃんに似ていた。
昨日、俺は早速バイトの面接を受けてきたのだ。四年間の自由を貰えたと言え、与えられるまま全てのものを甘受するのは良くない。バイトして、得たお金を少しは家計にキャッシュバックしたい。…いやそんな大層なことは出来ないかもしれないけど、せめて自分の小遣いくらい稼ぐつもりで。
雑談を続けていると鐘が鳴り、講義が始まる。
頬杖をついて、少し離れた手前に座る彼ー大桐クンーを眺めた。
艶やかな黒い髪。小さい顔。伏し目がちの睫毛が長くて、少しだけ妖艶な感じもする。
彼の周りだけ、やはり誰も座っていなかった。ポツリ、という表現が似合うのに、それがその孤高の空気ゆえかと思うと何か神聖な感じがした。不可侵。ーーきっと、誰もがそんな幻想を抱いていた。
(………いや、でも、人間だし)
寂しかったり、するんじゃねぇの?
そんな世話焼き思考回路を後押しするように、グループワークの為、四人一組で班を作るように指示があった。よっしゃ、と心の中でガッツポーズする。急いで立ち上がり、彼の横に座った。
「な、一緒に組まない? 俺ら三人で、丁度一人足りないんだよね」
「…………別にいいけど」
突然の襲撃にも関わらず、彼は静かに視線だけをやって、小さく呟いた。
その繊細な顔立ちからつい女の声を想像してしまっていたが、想像よりも低いその声は確かに男の声だった。
(えっ、感じわっるッ…!)
言うなり、まるでこちらには興味が無いと言わんばかりにそっぽ向かれた。
いくら美人でも、それは良くない。
俺の急な席替えに続いて、大成と翔が後からやってきた。
「やあ、また会ったね。シューヤ君。運命感じちゃうね?」
「…………何処かで会いましたっけ?」
「ッぶ、ははは! 忘れられてやんのっ!」
キメ顔で固まった大成に、翔が腹を抱えて笑った。
(…あ、なんだ。これはこれでちょっと、面白いかもしれない)
前言撤回してみよう。感じが悪いわけではない。このクールさが、彼の味なのだ。
俺も笑えば、「お前ら、煩い」と教壇から注意を受ける。「翔がすんませーん」と大成。やっとフリーズが解凍したらしい。それにしても、感じが悪いのはやっぱりこいつの方だ。
それから、いつ見ても一人で居た秋夜を見付ける度に声をかけて、いつの間にか『四人でいるのが当たり前』になった。
この春から一人暮らしを始めた奴らも多く、この三人もそうだったが、俺はわりと直ぐにそれ以外の奴らとも打ち解け、気が付けば同じ学科の殆どが知り合いみたいになった。
「………なぁ、お前らとよく一緒に居るさ、あの可愛い子なんだけど………。やっぱ、誰かの彼女?」
そんな風に訊かれることは一度や二度ではなかった。
友人の友人、と言う風に知った顔は増えていき、この話題は尽きない。その度、内心ではにんまりと笑う。しかし決まって外見では何気無い顔をして、「ああ」と気の無い風を演じる。
「俺の彼女」
「くーっ…! やっぱお前の彼女だったかーっ! いいな! あんな美人!」
「だろだろ?」
気分がいい。俺はすっかりその味をしめていた。
まぁ、俺が好きなのは別の人なんだけどね。
その日も、空きコマを利用してその場所に顔を出す。
「叶ちゃーん」
「おっ、来たね」
自分でも流石にウザいんじゃないかと言う程に足繁く通ったその、『就活サポート課』が叶ちゃんの仕事場だった。
この課は名前の通り、学生の就活の支援を行う。
壁もなく開放的なこのエリアには、談話用の机や椅子、ドリンクバーに、沢山の企業情報紙やパンフレットが展示されていた。職員とのスペースも、背の低いカウンター席に隔たれただけの丸見え状態だ。
叶ちゃんは俺の姿に直ぐに反応して席を立ち、カウンターの前までやって来た。
「いつものー」
「ピーチティーだっけ?」
「うぃー」
叶ちゃんが少しでも迷惑がったら訪問頻度を減らそうかと思ったが、彼は微塵にもそんな気配を見せなかった。根っから人が好きな人間なんだと思う。
いつもにこにこしてるし。学生からもアイされてると思う。
ここで仕事をしている姿以外は、学生の誰かしらと喋っている姿しか見ない。学生に囲まれて食堂で飯を食ってるのを見たこともある。
「次からは自分でいれてよ。はい、どーぞ」
「ありがと。つれないこと言うじゃん」
「芳樹は来過ぎ。僕が訪問者にお茶をいれてあげるのは五回までなの」
「ふーん?」
来過ぎ、と言いつつ迷惑そうな顔をしなかったので、次の空きコマも来れる。
受け取った温かいピーチティー。それは、それ以上の温度の熱を持って、俺の胸を熱くさせる。
ピーチティーを飲みながら、正面に立つ彼を盗み見る。
叶ちゃんはいつでも、その肩にかかる髪の毛を後ろで一つに束ねていた。今日も変わらない。いつか、その髪を下ろしているところを見てみたいなと思う。その中性的な顔立ちは、秋夜のように「女」と見間違える程ではなかったものの、綺麗だと思う。
不意に、秋夜と叶ちゃんが二人で並んでいるところを想像した。……うっわ、美男美女。目の保養でしかない。誰もがきっと、お似合いだと思うだろう。
(…………いやまぁ、どっちも男だしなぁ)
そんな未来、無いか。と、安心するようながっかりするような、なんとも言えない気持ちになる。そんな不思議な気持ちをピーチティーと一緒に飲み干した。
「紅茶って一気飲みするものだっけ?」
空になった紙コップをカウンターに置くと、叶ちゃんが苦笑いした。彼は色んな笑い方を持つ。表情もコロコロと変わる。秋夜にもその表情筋の半分くらい分けてやってよ、と思った。あの美人が笑った顔、俺も見てみたい。
「ごっそさん。また来るわ」
「芳樹、ほんと、カフェだと思ってるだろ? 此処のこと」
いっそ清々しいまでに。と、苦笑する叶ちゃんの顔も、迷惑というよりは親しみの為の色が濃いように感じられる。だから、次の空きコマも行くからな、と心で誓う。
「カフェだとお金がかかるだろ?」
あくまでタダ飲みを口実に、その実、叶ちゃんに会いたくて。その後も何度も『就活サポート課』に足を運んだ。
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