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「あっ、シュウヤ君!」
ある日。
突然、後ろから声がかかる。
呼ばれた秋夜よりも先に俺が反応して振り返った。確認せずとも、それが叶ちゃんの声なんてのは分かりきっていた。
「あれっ? 叶ちゃんじゃん。秋夜、呼ばれてるぞ」
何食わぬ顔で、隣を歩く秋夜の肩を叩く。ほんと言うと心臓の音が煩い。なんで…叶ちゃんは俺の名前じゃなくて秋夜の名前を呼んだんだろう? 胸騒ぎがする。
「芳樹と友達になったんだ!」
小走りで距離を詰めてきた叶ちゃんは、満面の笑みを秋夜に向けた。え、何、叶ちゃんも秋夜の事女だと思ってる?『秋夜ちゃん』だと思ってる? まぁ、こんな美人と親しくなれるなんて機会、早々無い。そりゃ、『君』だろと『ちゃん』だろうと嬉しくなっちゃうよな。わかるわかる。
叶ちゃんのその笑顔に、きっと特別な理由なんてないのだと決めつけて。
俺はいつものように得意気ににやりと笑ってから、親指を立てて秋夜を指した。
「友達じゃなくて、彼女っすよ。彼女」
「えっ?! はっ?!」
「……ってゆ、ネタを初見にすることを楽しんでます」
「……な、なーんだ……」
叶ちゃんが本気で安堵したように胸を撫で下ろすので、俺の胸騒ぎは消えてくれない。それでも、ポーカーフェイスで会話を続けた。「これから食堂?」と叶ちゃんが訊いてきて、頷く。
「一緒してもいい?」
「叶ちゃんの奢りなら!」
それから本当に叶ちゃんに奢って貰って三人でご飯を食べた。
主には叶ちゃんと俺が会話をし、秋夜は黙々と唐揚げ大盛り定食を食べているだけだったが、チラチラと叶ちゃんが秋夜を気にしているのが分かる。そんな叶ちゃんを、俺がチラチラと気にする。…秋夜はそんなことまるで興味が無いようで、唐揚げばかり眺めていた。ほんと、周囲の関心に乏しい奴。…でも、そんなところがやっぱりほっとけない。し、素直で可愛いと思う。唐揚げを頬張ってほっぺがでこぼこになっているのにも気にも留めないところとかが、実は秋夜の本当の魅力なんだろうと思う。
話題は殆んど、秋夜の事だった。
「秋夜は生活力も皆無で。一コマ目がある日は、朝、おはようコールしてるんですよ? 寧ろ、俺が彼女だったのか! って感じ」
「へー!」
叶ちゃんのきらきらした視線がなんの為のものなのかは考えないことにした。
(………ああ、結局。『先に出会った方』が優位なんてものはないんだ…)
先に生まれた人間が、優位になる訳ではないように。
俺はどんどんと心の中が岩へと侵食されていくような感覚を覚えた。カラフルだった毎日が、なんとなく、薄暗く見えてくる。
ああ、結局。叶ちゃんの『誰か』って、俺じゃないんだな。
「お腹いっぱいになった?」
「………いえ。唐揚げなら…いくらでも入ります」
「好きなんだ?」
俺を余所に、叶ちゃんは秋夜を眺めながら嬉しそうに笑う。わかる。秋夜は美人な外見のくせ、可愛い。そのギャップに、ツボなんていくらでもある。見ていて癒される。わかる。
「ギャップ萌たまらんね!」
と、その表情のままに俺を振り返る。突然の事に俺は直ぐに反応が出来ずに、目を丸めてしまった。それから、「ああ、でしょ。俺の彼女、たまらんでしょ?」といつもの調子で笑った。
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