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一番に報告すべき人間を間違えてはいけない。
クリスマスイヴの朝に、こんな報告をして良いものなのか。
三回はコールしてから、その人は電話に出た。
「あ、……明」
「………メリクリ」
「メリークリスマス」
そこまで言って、はっと気が付いた。
明は今、受験生で。入試を控える大事な時期だった。
(………言うべきじゃない……)
手に汗を握る。迂闊にも、連絡をしてしまったことを悔いた。
「………………何?」
「あ、……えっと、」
「………………呪い、解く気は無いから」
明は一定の低いトーンで、淡々と語る。
用件を口にせずとも、どうやら、その大体がバレているらしかった。そりゃ、そうか。突然の電話だ。察することはあるだろう。
ならばこちらも、中途半端なことは言えまい。
「……解かなくて、いいよ。ちゃんと見張ってて。そんで、俺がちゃんと大成を好きだって……俺にも安心させて欲しい」
「………」
「ごめん。俺、大成と付き合うことに……なった」
そう。と、電話口は相変わらずのトーンで素っ気無く言った。
「……わざわざ私に報告?」
「……そう、だよな。隠すべきじゃ無いと思ったけど……、時期が悪かったよな、ごめん。考え無しだった……」
「………私、芳樹のそう言うとこ、好きよ」
「えっ」
少しだけ、声に優しさが滲んだ。……気がした。
しかし直ぐに、ドスの効いた声音に変わる。
「大成を幸せにしなきゃ、許さない。絶対に、許さない。傷付けたりしたら許さない。命が尽きても呪ってやる……」
「………ッ! は、はいっ!」
禍々しい言葉にゾッと背筋を震わせる。と、ふぅと明が息を吐いたおとがした。
「………私より大成を愛してると証明してみせてよ。来年、絶対に合格して見張ってやるんだから……」
「は、はいっ! ………いや、待ってる」
苦笑した。
電話口で、向こうからも笑い声がした。ーーー明は、強い人間だ。
「………ほんと、待ってる」
「あら? 余裕なのね」
少しも嫌味な響きを持たせずに明が言う。「そう言うわけじゃないけど、」と俺は素直に「また皆で過ごす毎日は、楽しいだろうなぁって」と告げた。
瞬間、向こうで息を飲む気配があった。ーーーそれから、「そうね」と聞こえる声は、優しく、期待に富んでいた。
「また、春に」
一握りの不安も感じさせずに、明が言った。だから、俺も「ああ」と返す。
「また、桜の咲く頃に」
電話を切った。
静かになった部屋に、大成が顔を出す。
「『大事な電話』、終わった?」
「おお」
「んじゃ、飯にするか」
スパダリ、と自称したそれが嘘か本当かジャッジに困るところではあったが、大成は簡単な料理くらい出来た。朝食は、インスタントの味噌汁に、米。目玉焼きとソーセージの皿も合った。
二人、向かい合わせて手を合わせる。
「「いただきます」」
むず痒い。
なんと言う、感情だろうか、これは……。
「…………はぁ。幸せ……」
大成が米を一口食べるなり、そう溢した。
(…………ああ、そうか。『幸せ』だ……)
俺が好きな人が、俺のことを好きだと言う。
こうして向かい合って、飯を食う。
不覚にも、目の奥がつんとした。
ずっと、「幸せ」には「なる」もので、「してもらう」ものでも「する」ものでも無いと思っていた。
(…………けど、違ったんだな……)
身に余る、と言う言葉が浮かんで、苦笑した。そんなに自虐的にも悲観的にも、自分のことを捉えたことが無かったのに、俺はこんなに幸せでいいのだろうかと、考えてしまう自分がいた。身に余る光栄、ならぬ、幸福。
「………どしたん? 飯、不味い?」
嬉しくて。嬉しさがこそばくて、微妙な顔をしていたのだろう。大成がそれを見て、眉をしかめた。
「……確かに。目玉焼きの端、焦げてんな」
「ご愛嬌で一つ」
「幸せだなって、想ってた」
「へっ!?」
大成が米を取り零すので、可笑しかった。
優しい気持ちになった。暖かかった。暖房の効いたこの部屋よりも、胸の内の方が、もっと暖かくて優しかった。
「誰か」が居なければ、感じ得ない、「幸せ」も確かにあるのだな。
そう、想った。
もう俺にはそこに「大成」があてがわれ、失えばきっと、ぽっかりと穴が空いて、埋まることは無いのだろう。………わからない。きっと、時は流れるし、不変なんて無い。人は、意外と強かに生きていける。でも、
(………失いたくない)
素直に、そう思った。
この先のクリスマスも年末年始も、新学期も、来年も訪れる春夏秋冬も、大成の横に居たい。
この幸せを、もっと、感じていたい。
大成をもっと幸せにしてやりたい。俺の、傍で。俺の存在で。
(…………知らなかった、俺、こんなに……欲が深かったんだな……)
もっと、と何かに執着することを、初めて知った。
「…………シフトまでさ、今日は、どっか行く?」
大成は、相変わらずこちらに熱い視線を送ってきていた。それなのに、米は進む。器用な奴だ。
「んー。そうだなぁ……」
「デートしよ」
「…………ん」
やっぱりむず痒い。
俺が頷けば、大成が幸せそうに笑うので、尚更だ。
「………俺が、『可哀想な奴』じゃなくなったからって、手放すなよ……」
「はん? なにそれ?」
「お前にとって、俺は捨て猫みたいなもんだったんだろ」
まだそんなこと言ってるのかよ、と大成は笑った。
「んなわけねーじゃん。猫は猫だけど、お前は芳樹じゃん」
「………なんだよ、その理屈……」
よく理解し難かったが、その言葉は不思議と俺の胸に綺麗に収まった。
「世界一幸せな男にしてやるよ」
「………」
「因みに、俺は今、世界一幸せ」
「………狭い世界だな」
「ばっかだな、芳樹は。俺が『世界一』と思えば、そうなんだよ。それでいいの。俺の世界なんだから」
大成の理屈は、単純だ。
それが、妙に心地いい。
「期待してるわ」
それならばもう、世界一かも知れない。ーーーなんて思う程、残念ながら、俺の脳みそはお花畑ではない。
だからこそ、期待した。この先に、もっと、幸せがあると言う未来を。
「おう!」
大成は笑う。
やっと俺は、
『誰か』の『特別』に、成れたのだった。
ー4章へ続くー
2021.12.16 書き終わり
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