5.冬

5/5
前へ
/87ページ
次へ
 一番に報告すべき人間を間違えてはいけない。  クリスマスイヴの朝に、こんな報告をして良いものなのか。  三回はコールしてから、その人は電話に出た。 「あ、……(めい)」 「………メリクリ」 「メリークリスマス」  そこまで言って、はっと気が付いた。  明は今、受験生で。入試を控える大事な時期だった。 (………言うべきじゃない……)  手に汗を握る。迂闊にも、連絡をしてしまったことを悔いた。 「………………何?」 「あ、……えっと、」 「………………呪い、解く気は無いから」  明は一定の低いトーンで、淡々と語る。  用件を口にせずとも、どうやら、その大体がバレているらしかった。そりゃ、そうか。突然の電話だ。察することはあるだろう。  ならばこちらも、中途半端なことは言えまい。 「……解かなくて、いいよ。ちゃんと見張ってて。そんで、俺がちゃんと大成を好きだって……俺にも安心させて欲しい」 「………」 「ごめん。俺、大成と付き合うことに……なった」  そう。と、電話口は相変わらずのトーンで素っ気無く言った。 「……わざわざ私に報告?」 「……そう、だよな。隠すべきじゃ無いと思ったけど……、時期が悪かったよな、ごめん。考え無しだった……」 「………私、芳樹のそう言うとこ、好きよ」 「えっ」  少しだけ、声に優しさが滲んだ。……気がした。  しかし直ぐに、ドスの効いた声音に変わる。 「大成を幸せにしなきゃ、許さない。絶対に、許さない。傷付けたりしたら許さない。命が尽きても呪ってやる……」 「………ッ! は、はいっ!」  禍々しい言葉にゾッと背筋を震わせる。と、ふぅと明が息を吐いたおとがした。 「………私より大成を愛してると証明してみせてよ。来年、絶対に合格して見張ってやるんだから……」 「は、はいっ! ………いや、待ってる」  苦笑した。  電話口で、向こうからも笑い声がした。ーーー明は、強い人間だ。 「………ほんと、待ってる」 「あら? 余裕なのね」  少しも嫌味な響きを持たせずに明が言う。「そう言うわけじゃないけど、」と俺は素直に「また皆で過ごす毎日は、楽しいだろうなぁって」と告げた。  瞬間、向こうで息を飲む気配があった。ーーーそれから、「そうね」と聞こえる声は、優しく、期待に富んでいた。 「また、春に」  一握りの不安も感じさせずに、明が言った。だから、俺も「ああ」と返す。 「また、桜の咲く頃に」  電話を切った。  静かになった部屋に、大成が顔を出す。 「『大事な電話』、終わった?」 「おお」 「んじゃ、飯にするか」  スパダリ、と自称したそれが嘘か本当かジャッジに困るところではあったが、大成は簡単な料理くらい出来た。朝食は、インスタントの味噌汁に、米。目玉焼きとソーセージの皿も合った。  二人、向かい合わせて手を合わせる。 「「いただきます」」  むず痒い。  なんと言う、感情だろうか、これは……。 「…………はぁ。幸せ……」  大成が米を一口食べるなり、そう溢した。 (…………ああ、そうか。『幸せ』だ……)  俺が好きな人が、俺のことを好きだと言う。  こうして向かい合って、飯を食う。  不覚にも、目の奥がつんとした。  ずっと、「幸せ」には「なる」もので、「してもらう」ものでも「する」ものでも無いと思っていた。 (…………けど、違ったんだな……)  身に余る、と言う言葉が浮かんで、苦笑した。そんなに自虐的にも悲観的にも、自分のことを捉えたことが無かったのに、俺はこんなに幸せでいいのだろうかと、考えてしまう自分がいた。身に余る光栄、ならぬ、幸福。 「………どしたん? 飯、不味い?」  嬉しくて。嬉しさがこそばくて、微妙な顔をしていたのだろう。大成がそれを見て、眉をしかめた。 「……確かに。目玉焼きの端、焦げてんな」 「ご愛嬌で一つ」 「幸せだなって、想ってた」 「へっ!?」  大成が米を取り零すので、可笑しかった。  優しい気持ちになった。暖かかった。暖房の効いたこの部屋よりも、胸の内の方が、もっと暖かくて優しかった。 「誰か」が居なければ、感じ得ない、「幸せ」も確かにあるのだな。  そう、想った。  もう俺にはそこに「大成」があてがわれ、失えばきっと、ぽっかりと穴が空いて、埋まることは無いのだろう。………わからない。きっと、時は流れるし、不変なんて無い。人は、意外と強かに生きていける。でも、 (………失いたくない)  素直に、そう思った。  この先のクリスマスも年末年始も、新学期も、来年も訪れる春夏秋冬も、大成の横に居たい。  この幸せを、もっと、感じていたい。  大成をもっと幸せにしてやりたい。俺の、傍で。俺の存在で。 (…………知らなかった、俺、こんなに……欲が深かったんだな……)  もっと、と何かに執着することを、初めて知った。 「…………シフトまでさ、今日は、どっか行く?」  大成は、相変わらずこちらに熱い視線を送ってきていた。それなのに、米は進む。器用な奴だ。 「んー。そうだなぁ……」 「デートしよ」 「…………ん」  やっぱりむず痒い。  俺が頷けば、大成が幸せそうに笑うので、尚更だ。 「………俺が、『可哀想な奴』じゃなくなったからって、手放すなよ……」 「はん? なにそれ?」 「お前にとって、俺は捨て猫みたいなもんだったんだろ」  まだそんなこと言ってるのかよ、と大成は笑った。 「んなわけねーじゃん。猫は猫だけど、お前は芳樹じゃん」 「………なんだよ、その理屈……」  よく理解し難かったが、その言葉は不思議と俺の胸に綺麗に収まった。 「世界一幸せな男にしてやるよ」 「………」 「因みに、俺は今、世界一幸せ」 「………狭い世界だな」 「ばっかだな、芳樹は。俺が『世界一』と思えば、そうなんだよ。それでいいの。俺の世界なんだから」  大成の理屈は、単純だ。  それが、妙に心地いい。 「期待してるわ」  それならばもう、世界一かも知れない。ーーーなんて思う程、残念ながら、俺の脳みそはお花畑ではない。  だからこそ、期待した。この先に、もっと、幸せがあると言う未来を。 「おう!」  大成は笑う。  やっと俺は、 『誰か』の『特別』に、成れたのだった。 ー4章へ続くー 2021.12.16 書き終わり
/87ページ

最初のコメントを投稿しよう!

62人が本棚に入れています
本棚に追加