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「なっ……!?」  たわんでいたチェーンがピンと張り、ガシャンと音を立ててドアが止まる。恐る恐る視線を上げると、僅か十五センチほどの隙間から、黒い服を着た男が芦屋を見下ろしていた。 「ぎゃ――! ぶっ、ぐふっ……!」  大声で悲鳴を上げようとしたら、ぬっと伸びてきた大きな手に口を塞がれてしまう。 (こっ、殺されるっ……!!)  引っ越し早々、押し入り強盗に遭うなんて運が悪いどころの話じゃない。家賃が安過ぎるのは、もしやここがいわくつき物件だったからではないのか。だとしたら、こんな恐ろしい場所を勧めた小野を本気で恨む。  死んだら化けて出やると、涙目になって震えていたら、口を塞いでいた手が外れ、代わりに指で唇の両端をムニッと潰された。驚いて目を見開くと、人の唇を強引にアヒル口にした相手がブッと吹き出した。 「ブッサイク……」  くつくつと笑いながら失礼な事を言われ、反射的にメラリと怒りが湧く。芦屋は顔を振って指を引き剥がし、素早くノブに手をかけた。相手が強盗だろうが変質者だろうが、ドアさえ閉めてしまえばこっちのものだ。そんな芦屋の考えを読んだのか、男はドアの隙間に靴先を突っ込み、力任せに腕を掴んできた。 「つうっ……」  痛みに顔を歪めた瞬間、腕を掴む力が緩められる。乱暴かと思ったら、妙な気遣いなんかして、一体この男はなんなのだろう。 「――おい、お前は一体なんなんだ? どうしてこの部屋にいる?」  男が芦屋と同じ疑問を口にする。途方に暮れたようなその声に、恐怖心が少し薄れた。 「どうしてって、ここが俺の部屋だからに決まってるだろ。夜中に人んちにいきなり押しかけてきて、あんたこそなんなんですか」 「答えてやってもいいけど、このままドア越しに延々と話をする気か? 男と玄関先で揉めてるところなんか誰かに見られたら、お前だって外聞悪いだろ」  確かに、深夜にドアを挟んで男二人が言い争っていたら、あらぬ誤解を招きかねない。芦屋は部屋には上がらないという約束を取りつけ、渋々ドアのチェーンを外した。  男が大きくドアを開け、サッと中に体を滑り込ませる。  デカイ。百七十センチの自分が見上げるほどなので、ゆうに百八十五センチはありそうだ。ニットの上に黒のミリタリージャケットを羽織り、くたびれたジーンズを穿いている。足元はいかついワークブーツだ。 「はー、寒かった。この時期に外に締め出そうとするなんて、鬼かお前は」  男が犬のようにブルブルと頭を振り、髪についた湿気を飛ばす。どうやら外は雪が降っているらしい。 「締め出すって、あんた外からきたんでしょうが。っていうか、一歩でも部屋に入ったら警察に通報するんでそのつもりで」 「わかったよ。チッ、かわいくねえなあ」  男はそう言うと、ささやかな段差しかない上り框に腰を下ろし、頭をガリガリと掻いた。ジャケットの中に手をやろうとして、ピタリと動きを止める。 「煙草なら外でどうぞ。そのまま帰ってもらっても俺は全然かまいませんけど」 「ほんとにかわいくねえ野郎だな……」  そう言う男の方こそ、可愛げの欠片もない。  無造作ヘアと言えば聞こえはいいが、中途半端に伸びた髪はあちこち跳ねまわっているし、がっしりと広い肩幅も、ごつごつした手も、野性味が溢れ過ぎている。不機嫌そうに潜められた眉は凛々しく、くっきりとした二重瞼とあいまって、いかにも我が強そうだ。
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