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高校生×高校生(告白)
「好きな奴がいるんだ」
購買部の焼きそばパン片手にぎこちない笑みであいつがそう打ち明けたとき、僕の心をよぎったのは意外なほど安らかな感情だった。
意外。そう、意外だったのだ。
なぜなら僕はもうずっと、こんな日が来ることを恐れていたから。あいつは友人の欲目を抜きにしても良い男だったし、実際女の子にはモテた。誠実で頼り甲斐があって、所属するバスケ部でも部長を任されている。ダンクも余裕の身長と身体能力に、アイドル並みの容姿とくれば、逆に、色恋と無縁でいる方が難しいだろう。
にも関わらず、僕が知る限りあいつにはそうした気配は微塵もなく、むしろさりげなく避けていた節すら伺える。以前はだから、僕と同じゲイなのかと疑ったこともあるけど、コンビニの雑誌コーナーでは青年誌の表紙を飾る水着姿の女の子に鼻の下を伸ばしたりもするのでそれはない。
そんなあいつも、ついに。
ずっと好きだった、なんて今更言えないし、そもそも今までだって打ち明けたいと思ったことはない。僕の抱く感情が一般的なものでない自覚はあったし、嫌悪感を抱かせる可能性が高いことも弁えていた。それでも感情は確かにそこにあって、伝わらない、伝えてはいけない感情は行き場もないまま、あいつの傍らでただ持て余すことしか許されなかった。行き場のない苦しさから、わざとあいつから距離を取ろうとしたこともある。なのに、そんな僕の気持ちを知らないあいつは「俺、何か気に障ることしたかなぁ」と不安顔で謝ってくるから、それ以上は突き放すこともできずにぐだぐだになる。人の気も知らないで。そして僕はまたあいつを好きになってしまう。この二年間はそんな悪循環の繰り返しだった。
でも。
そのスパイラルも今日で終わりだ。あいつにもようやく想いを寄せるべき相手ができて、そして僕は、このゴールのない迷路から解放される。よかった。本当によかった。実際、苦しいばかりの恋だったから。こんなもの、さっさと捨ててやりたいとずっと、ずっと、ずっと思っていたから。
せめてお前だけは、こんな苦しみとは無縁でいられますように。
「へぇ、もう告った?」
「いや、これから」
「へー、頑張れよ」
おう、とあいつは気安く答える。この気安さを、気の置けなさを失うのが怖かった。どのみち伝えられないならせめて良き友人でありたい。そうして妥協と引き換えに保たれた日常は確かに心地よくて、でも、そんな日々が心地よいほど失う怖さが募っていった。
この安堵は、自分の気持ちに背を向け続けた罰でもあるんだろう。こんな事を言う権利は、だから、僕にはない――ない、と、わかっているのに。
「……その子と付き合うことになっても、引き続き友達でいてくれよな」
何を言っているんだろう、と、僕があいつの立場なら思うだろう。彼女が出来たぐらいでどうして同性の友達を切る必要がある。でも、自分の気持ちに後ろめたさを覚える僕はつい、こんな余計な一言を添えてしまう。そりゃ友達でいてくれるよな。ごめん。でも僕は、確認しなきゃ気が済まないんだ。いや、確認というより僕が現実を呑み込むために必要な、そう、儀式。
「そりゃもちろん彼女が最優先だけど、でも、僕とも今までみたいに遊んだり、くだらないことで笑い合ってくれると、嬉しい」
「いや、それは無理」
「……は?」
いや、そこは社交辞令でもOKを出してくれよ。僕がどれだけ妥協と自制でもって作り笑いを維持しているか知りもしないで。……いや、それこそ偉そうに言う権利はないな。僕のこれは、ただの臆病の結果だから……
「だって、付き合ったら友達じゃいられないし。……断られたら、それどころじゃないし」
「え?」
「え、じゃねぇよ読めよ文脈っ! ……ごめん、同性とそういうアレはキツいって、その、わかんだけど、でも……」
「……」
は?
はああああああああ?
いやいやいや、まさかそんな。だって今の文脈に従うなら……えっ、そういうこと? いや、それはないそれだけは。だって、本当にそうだとしたら僕も気付かないはずはないし。僕がどれだけこいつを見つめてきたのか、こいつは何も、何一つ知りもしないで。
なのにこいつは、当たり前のように言葉を重ねる。
僕の都合の良い妄想を、最も都合の良いかたちに捏ね上げ、僕らの間にポンと置く。
「好きなんだよ、お前のこと、恋愛対象として」
「……」
うわ、どうしよう。
言葉にされたら今度こそ逃げられない。冗談ならまだあるいは、と苦笑交じりに見つめ返すと、逃げるな、と言いたげな強い視線が僕を射貫いた。
「キモいなら、キモいって言って」
「……いや」
違う。
違うんだよ。
キモいんじゃなくて、単にどうすればいいのかわからないだけ。だって、想像できるわけないじゃん、こんな成り行き、ずっと夢には見ていたけど、でもまさか現実に、なんて。
「そういうつもりは。ただ……う、受け入れ方、っていうのかな。わかんないだけ……」
「うん。わかるよ。俺も時間かかったから」
「時間?」
「お前への気持ちが恋だってさ、受け入れるの、俺もめっちゃ時間かかったし。だから真面目に考えてくれなんて言わないけど、でも、俺は本気だから。それだけは知っててほしい」
どこまでも真面目な顔。疑う訳ないじゃん。お前は、人の気持ちを弄ぶ嘘だけはつかない男だよ。だから好きになったんじゃん。好きで好きすぎて苦しかったんじゃん、ずっと。
「うん……」
答えは決まってる。でも、今ここで即答して、こいつの言葉を軽んじているように取られかねないのが怖い。どうしよう。難しいな。うまいリアクションが思いつかない。こんな展開、想像したこともなかったから。
だから僕は、いつもの口調で、いつもの店にこいつを誘うしかない。今はまだ、友達みたいな顔で。
「とりあえず、マック行こうか。焼きそばパンだけじゃ足りないだろ」
するとあいつは、うん、とほっとした顔で頷く。あっちも今はまだ友達の顔。でも、その顔もいつかはもっと甘くて、それこそ恋人みたいに。
わからない、わからないけど、でも。
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