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コンビニ店員×社会人(片思い)
その日。
いつものようにバイトでコンビニのレジに立っていると、顔馴染みの、と言っても、いつも会社帰りに店に立ち寄るだけで名前も勤め先も知らないリーマンの兄さんが、いつもの買い物カゴに小さなケーキを添えてカウンターに現れた。見た目は、良く言えば精悍、悪く言えばアウトレイジに出ていそうな……ってほどの悪人面じゃないけど、まぁ女性や子供には好かれないだろうな、という損な顔。おまけに背がやたらと高くて、この顔と目で上から押さえつけるように睨まれたら、大抵の人間は男も含めて回れ右して退散するに違いない。
そんな風貌が災いしてか、日々の買い物から察するに家族や恋人の類はいなさそうで、毎晩この時間になるとくたびれたスーツと鞄を引きずるように店に現れる。そして、その晩の夕食と、翌朝用と思しきパン、それから一リットルのパック入り牛乳をカゴに入れて俺の立つレジに現れるのだった。
で。
そのコワモテさん(俺の中で勝手にそう呼んでいる)が、この日、本人の風貌からはいかにも不似合いな可愛いショートケーキを持ってレジに現れた。え、何で? お兄さん、こう見えて甘党だったの? いや、甘党なら普段からちょくちょくスイーツを購入しているはず。それが何でいきなり……
ひょっとして……彼女?
えっ、それは……おめでとう。わぁ、嬉しいな。実はさ、毎晩毎晩コンビニ飯で済まそうとするお兄さんが何気に心配だったんだよね。いい加減、彼女でも作ればいいのにって。あ、いや、彼女ができたからって毎食手料理を食べられるとは限らないし、今後は男も料理をやってかなきゃとは思うけど、でも、家族がいたら自分でも作ろうと思うじゃん。だから。……あ、でも、これは余計なお世話だと思うけど、今時こんなコンビニスイーツで喜ぶ女の子はいないと思うよ。だからさ、後で改めてちゃんとしたお店のケーキを贈った方がいいよ。ゴディバとか……あれ? ゴディバってチョコレートの専門店だっけ。まぁいいや、とりあえず、そういう有名どころのやつ。
だからさ、うん、うまくいくといいね。
いや、別に心配だとか、そういうんじゃないんだけど。
「……誕生日なんです」
「え?」
「あ、いえ……」
誕生日?
今、誕生日って言ったのか、この人。
一方のコワモテさんは、何事もなかったようにスーツの胸ポケットからスマホを取り出すと、いつものようにアプリでさっさと清算を済ませる。ただ、その厳めしい顔は普段は見られない照れくささと、何でこんなこと言っちゃったんだろう、という後悔で真っ赤に塗りつぶされていて、失礼を承知で言えば、その、めちゃくちゃ可愛い。えっ、何その顔。ギャップ萌え狙い? えっ待っていきなりそんな顔見せられたらさぁ。……ていうか俺、今、明らかにほっとしてるよな。このケーキが彼女用じゃないと知って。
「……お、おめでとうございます」
ふと思い立ち、レジを出てホットドリンクコーナーから缶コーヒーを持ってくる。それをレジに通すと「これ、俺のオゴリです」とコワモテさんに渡した。というか、押し付けた。
「えっ、いや、でも」
「いいんです」
あなたのテレ顔が可愛かったんで、とはさすかに言えなかった。てかキモいだろ。名前も勤め先も知らない、夜のコンビニでほんの数十秒顔を合わせるだけの薄くて細い関係でさぁ。ああ、でもさ、何にせよ人間関係ってこういう何気ないイベントから始まるんじゃないのかな。いや、別に何かが始まって欲しいとか、そういうつもりはないんだけど。
でも。
でもさ。
たまには、そうやって始まる関係もあっていいんじゃないか……なんてね。
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