3 実習生のミッション

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3 実習生のミッション

 お懐かしや! 今門(いまかど)先生だった。  さらに嬉しいことに、今門先生は、相変わらずフランクにはなしかけてきたんだ。 「よう、みんな元気そうだな。今年度の生徒会担当教員の今門です。まあ、先生のことは覚えていると思うから自己紹介はパスしていいよな。先生は、君たちが母校で教育実習をすることを大変喜んでいます。  そんで本題(ほんだい)は、3週間後にある合唱コンクールについてなんだけど。ちょうど実習の最終日だよね」  わたしは、合唱コンクールと聞いていてもたってもいられず、思わず口を(はさ)んでしまった。 「今門先生、自由曲のやり方はどうなったんですか。今どのようにやってるんですか? 」 「おっ、さっそく質問かい。ちゃんと手を挙げてから言ってくれよ。  だからあ。そのことを今から言うところだったんだから。  その自由曲なんだけど、君たちがわやくって(めちゃくちゃにして)くれたおかげで、1年生2年生の生徒たちが、自分たちもやりたいと言い出してね。  次の年から自由曲が本当の自由自在曲になりました」 「ということは、バンド演奏なんかもできるようになったんですか? 」  三上君も興奮したように聞いた。 「そういうこと。おかげで点数の付け方がややこしくなっちゃって。バンドをやるクラスもあれば、正統派(せいとうは)の合唱で勝負するクラスもあり、めんどくさいから賞を3つも作ってなんとかしたよ。  『自由曲の部』に、正統派の『合唱部門優勝』とアナーキーな『自由部門優勝』の2つの部門賞を作ったよ。  そして『課題曲の部』と『自由曲の部』その両方を総合的にみて高評価のクラスを『総合優勝』ということにしたんだ」 「本来、合唱コンクールなんですから自由曲も合唱で(きそ)うべきですわ」  オリビアは、音楽教師志望としてあくまでも合唱にこだわるんだろうな。  今門先生は、即答した。 「うん。そうだね。新庄さん。合唱コンクールは、あくまでも合唱で勝負するべきだ。っていうか、中島のステージがあまりにも良すぎたのだろうなあ。  あれ以降自由部門のステージはいまいちパッとしなくてなあ。  総合優勝するのはいつも合唱部門の優勝クラスだよ。  あの時のステージは、もはや伝説のステージだね」  わたしは、三上君を見た。そうだよわたしたちのステージは『栄光の失格プロジェクト』だったよ。 「そこでだ! 合唱コンクールまでの3週間、君たちも積極的に後輩の生徒たちに関わって熱い思いを伝えてほしい。もちろんバンドにこだわらなくていい。正統派の合唱でも結構。  ここにいる先生たちも本当は関わりたいんだが、これは生徒の合唱コンクールだ。必要以上には手を出さないことにしている。  でも、君たちは一応先生側だけど一番生徒に近い立場にある。  具体的に何かを指導してくれって言うわけじゃないんだ。君たちが生徒だった時のあの熱い思いを伝えてくれればそれでいい。それをお願いに来ました」  熱い思いを伝えるってどういうこと? わたしが自分で思いっきり歌うんならできるけど……。  オリビアがクールに言った。 「先生、私は、思いを伝えるなんてまどろっこしいことはできません。直接指導します。それでもいいですか? 」 「そうだな、それも君たちにとっては実習になるかな。やってみなよ。お手並(てな)拝見(はいけん)だよ新庄さん」  オリビアすごいなあ。直接指導ができるんだ。わたしには無理無理だわ。  三上君は、あのステージの総監督だったからうまくプロデュースすることができるだろうし。わたしは、どうすればいいの? 「それと、先生からのお願いその2なんだけど」  ええ? まだ何かやらなきゃいけないの? 「合唱コンクールの時に、君たち先輩として後輩にエールを送ってほしい。  それぞれのお得意のステージを見せてやってほしいんだ」 「今門先生それはどういうことですか? 僕らに何かしろということですか? 」  三上君が心配そうに言った。ビビってる。 「三上先生、()()みが早いじゃないですか。その通り。合唱コンクール当日、三上先生、中島先生、新庄先生はそれぞれ得意のステージを披露(ひろう)して下さい。  ひとりひとり別なことをやってくださいよ。3人が協力してひとつのステージをするのは無しですからね。以上」  三上君があわててビビりながら言った。 「いや、今門先生、それって中島さんや新庄さんは、歌えるからいいですよ。僕はそんな芸を持ってません」 「そっか。三上君は歌えないか。じゃあ、別に歌わなくてもいいよ。でも、何かはやってね」  今門先生は、悪戯っぽく歯を見せてニタっとした。  そして、三上君がさらにステージを辞退(じたい)しようと食い下がろうとするのを無視して会議室から出て行った。 「と、言うことです。実習生の皆さん、がんばってくださいね」  沼野先生は、ほほえみながら(おだ)やかに言ったけど、何となく有無(うむ)を言わせない響きがあった。 「じゃあ、それぞれ指導教諭と打ち合わせをして終わった人から帰っていいです。来週からの実習で皆さんの控室(ひかえしつ)はこの第2会議室になります。  第1日目の職員朝礼で他の教員に皆さんのことを紹介します。元気に自己紹介してくださいね。では、来週から3週間頑張ってください」 「ありがとうございました。よろしくお願いします」  わたしたちは、起立、礼をした。その後、それぞれの指導教諭との打ち合わせを始めた。  わたしは、いそいそと神田妙子先生のところに行った。 4 新しい屋上の主につづく
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