14人が本棚に入れています
本棚に追加
5 時代は『MOTOR DRIVE』
5 時代は『MOTOR DRIVE』①
教育実習第1日目。
いよいよ今日からだ。控室の第2会議室には誰もいなかった。やった。一番じゃん。わたしは、カバンから実習の記録日誌を取り出して今日の日付を記入した。
「よし! 」
わたしは、それだけで一日が終わったような気がした。
その時会議室のドアが開いて、伸二君が顔をのぞかせて言った。
「緑ちゃん! 早く職員室に来ないと。職員朝礼が始まっちゃうよ」
「あれ、伸二君。それじゃあ新庄さんも、もう来てるの? 」
「何をのんきなことを。職員への実習初日の挨拶あるじゃないか」
「あっ、そうだった」
わたしたちは、職員朝礼で、全教員の前で挨拶をした。わたしたちが卒業した後、この学校に異動して来た見知らぬ先生もいた。
挨拶は、卒なくこなした……と思う。
職員朝礼が終わり、神田先生が声を掛けて来た。
「さあ、いよいよ実習の始まりね。今日は、終日私について見学をしてね。まずは朝のホームルームから。その時に2年8組の生徒には自己紹介をお願いね。それと、クラスの生徒だけど……まあ、これは中島さんが自分で見て判断してね」
「は、はい」
何か含みを持った言い方だな。そうだ、2年8組、金剛さくらがいるじゃない。あの子はクラス内ではどんな子なんだろう。
神田先生は、2年8組の入り口の前で一度大きく深呼吸をした。
え? え? その深呼吸はどういう意味?
引き戸を開け神田先生は、教室に。わたしも後に続いた。
立ち歩いていた生徒が、こちらを見て席に着いた。神田先生ともうひとり誰かいるといういつもと違う雰囲気に、ざわついていた教室が静かになった。
わたしは、教室内を見渡して、金剛さくらを探した。
いた! 教室後方窓際だ。さくらはわたしを見て一瞬驚いたが、すぐに睨むような目つきになった。なに眼を付けてるのよ。
わたしは、目をそらして無視をした。
「きりーつ、れーい、ちゃくせーき」
学級委員長が間延びした号令をかけた。この生徒やる気あんの。
「みなさん、おはようございます。今日はまず、この前言っていた、教育実習の先生を紹介します」
そう言って、神田先生は、黒板に『中島 緑』とわたしの名前を書いた。
生徒は、好奇の目を私に向けいている。やっぱりこの状況は恥ずかしいよ。緊張する。
「じゃあ、中島先生から自己紹介をお願いします」
「今日からこのクラスで3週間教育実習をする、中島緑です。東京科学教育大学4年、理科教育学科、生物学専攻です。生物の授業を担当します。よろしくお願いします」
わたしは、深々と礼をした。
みんなが私を見ている。金剛さくらも睨んではいないがこちらを見ていた。
…………しばらく沈黙が続いた。
「それだけ? 」
生徒の一人が言った。それだけだよ。
「はい、これだけですけど何か? 」
「趣味とか、特技とか言ってください」
女子生徒に言われた。ああ、そうかそう言うことが聞きたいのね。
「趣味……は、音楽が好きかな。特技は歌を歌うことです」
わたしのその答えを聞いて神田先生が、みんなに話しかけた。
「中島先生は、歌が上手で合唱コンクールで初めて自由曲でバンドのステージをしたのよ」
一瞬生徒がざわついた。
「それじゃあ、あの伝説のステージで歌ったのが、先生ですか? 」
「いやあ、伝説のステージなんて。そう言うことになってるの? 」
わたしは、すこしにやけた。そうか伝説のステージってことになってるのか。
5 時代は『MOTOR DRIVE』②につづく
最初のコメントを投稿しよう!