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5 時代は『MOTOR DRIVE』②
「中島先生、何か歌ってくださいよ! 」
「そうだ、聞きたい! 聞きたい」
生徒が口々に催促する。わたしは、神田先生の顔を見た。困ったような顔つきだ。
歌う準備はいつでもできている。今の私は多分にやけているだろう。
「神田先生歌っていいですか? 」
「もう、収まりがつかないわね。じゃあ軽くね、軽く何か歌ってあげて」
その答えを聞くや否やわたしは生徒に聞いた。
「この教室にラジカセはある? 」
「ありまーす」
後ろのロッカーの傍に座っていた生徒が大きなラジカセを持ってきた。
「ありがとう」
わたしは、スーツの左のポケットからカラオケのカセットテープを取り出した。
「中島さん、じゃなくて中島先生はいつもカセットテープを持ってるの? 」
「はい、いつもこれで聞いてます」
わたしは、右のポケットからウォークマン(小型の再生専用音楽プレーヤ)を取り出して見せた。
カセットテープをラジカセにセットして、目的の曲を早送りで探して。
あった。いっちょうやるか。
「じゃあ、自己紹介がわりに歌います。曲は、『レベッカ』の『MOTOR DRIVE』です」
「何? それ? 知ってる? 」
「知らない」
生徒の反応は様々だった。そんなことはお構いなし。
わたしはスーツを脱いでシャツの腕をまくった。ついでにシャツのボタンを二つ外した。
そして、いつものおまじない。頭の所で手ではさみをつくって恥ずかしさの神経をプチっと切った。
準備完了。
カセットテープのプレイボタンを押した。
軽快なイントロが流れる。このイントロを聞くと体が自然に動き出すんだ。
両手を上げて足で大きくステップを踏む。
生徒たちはわたしの激変に目を丸くしている。
歌い始めると、リズムに合わせてみんな手拍子を始めた。
教室内で走り回るわけにはいかないよね。
なるべくその場で、体を大きく動かしてのダンスでいこう。
金剛さくらが、前のめりになってこちらを見ている。
この曲には途中英語のセリフがあるんだ。
少し長いセリフだけどリズムに乗せて言えた。気持ちいい―。
結局1曲フルで歌っちゃった。クラスの生徒はみんな拍手をしてくれた。
神田先生は、苦笑いのような表情だ。ちょっとやりすぎたかな……。
「先生! すごい! 」
「かっこいい! 」
受けてよかった。しらけたらこのあと3週間地獄だもんね。
わたしの騒々しい自己紹介も終わり、その日は、以後大人しく神田先生の授業や指導を見学した。
実習生の控室に戻ると、実習日誌を書いていた伸二君が、わたしにほほえみかけて言った。
「緑ちゃん、朝から早速ぶちかましてたじゃないか。僕は隣の教室にいたけどクラスの生徒も気になって、見に行こうとしてたよ。池田先生と止めるのが大変だったよ」
こんなわたしにしたのは伸二君、あなたにも責任があるよ。とは、口に出しては言わないけど。
「そう、お騒がせしてごめんなさいね」
とだけ言った。
6 栄光のビデオ鑑賞会につづく
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