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「君はそんな条件で結婚して、本当にいいんだな?」
「はい、もちろんです! バッチコイです!」
私の本心を測りかねているのか、私と膝の上で寛ぐ猫のユズを交互に見つめる政宗さん。
「いいだろう、受けてやる」
政宗さんは盛大に長い溜息をつくと、ようやく返事をくれた。
「ありがとうございますっ!!」
私は喜色満面でお礼を叫ぶや否や猫のユズを抱きしめて頬ずりし、クルクルと部屋の中をスキップしていた。不思議生物を見るような表情をしている政宗さんをそっちのけで。
愛した人に愛されるなんて都市伝説みたいな高望みはしない、来月の家賃の心配せずに暮らせて猫さえいれば!。高嶺の花のような政宗さんと私なんかが相思相愛になろうなんておこがましいわ。私は防波堤の役割をしっかりこなそう! 人間は適材適所よ!
◇◇◇
ソファの隣に腰掛けていた政宗さんはテーブルの上に手を伸ばすと、書類の山の間から婚姻届け用紙を取り出した。サラサラとボールペンを動かして自分の欄を埋めると、私に婚姻届けを差し出す。
「よく準備してましたね」
「決めたからには早いほうがいいだろ。釣り書と一緒に山のように送られてくるんだ…」
げんなりしてそう答える政宗さん。政宗さんがどれだけ結婚を迫られているか想像できて、私は思わず苦笑いする。
「そういえば名前なに? 俺、苗字しか教えて貰ってないんだけど」
婚姻届けに自分の名前を書いていた私ははたと手が止まった。この家に着くまでの間に車内で簡単に挨拶したが、まだ苗字だけしか名乗っていなかったことに気づいたからだ。
「山田です!、苗字も名前も山田なので、私のことは山田と呼んでください!」
「そんなわけあるかぁ!?」
容姿だけじゃなく声まで美声!?。こんな声で名前呼びされたら耳が犯される~!?、そう思った私は咄嗟に予防線を張った。だが間髪を容れず政宗さんのツッコミが飛んでくる。
「一応、結婚するんだし苗字で呼んでどうするんだよ」
少し困ったように髪をかき上げ色気を駄々洩れさせながら、政宗さんが婚姻届けを覗き込む。ただでさえ近い距離が更に近づき耳元で声が響く。婚姻届けの名前を見て「ヤマダ ユズ?」と私の名前を口に出して読み上げる政宗さん。
「すげー偶然だな!? 猫のユズと同じか!」
猫のユズと同じ名前なのが嬉しいのか?、政宗さんの声のトーンが少しだけ上がった。
「これからよろしくな柚子」
まるで乙女ゲームのイケメンボイスのような少し低い澄んだ声。その声で自分の名前を呼ばれ私の心臓がトクンと跳ねる。
「こちらこそ、よ、よろしく…お願いします!」
顔が赤らむのを必死で押さえながら、私は言葉を絞り出す。過剰に意識しては恥ずかしいと思いつつも、どんどん私の顔は赤みを帯びていってしまう。
赤面するのを我慢していたら酷いしかめっ面になってしまい…。こうして婚姻届けにサインした私は、可愛い女から程遠い顔をしていたのだった。
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