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6 傷つかないための予防線
土曜日の午後、私は喫茶店で京子ちゃんを待っていた。婚姻届けの証人をお願いするために、最寄り駅にある喫茶店で待ち合わせ中なのだ。
あれからの政宗さんの行動は実にスピーディーだった。
出会ったのは金曜の夜だが、政宗さんは土曜の昼には婚姻届けの証人を友人にお願いし終えていた。行動がテキパキしていて如何にも仕事ができる男というカンジ
アイスティを一口飲んで怒涛の1日を振り返っていると、「お待たせ柚子~!」と満面の笑みで京子ちゃんが現れた。
京子ちゃんは専門学校時代の親友だ。大学を卒業し就職した後に専門学校に来たから私より年上だが、気が合う頼れるお姉さんだ。
「忙しいのに来てくれてありがとう、京子ちゃん」
「仕事はソッコーで納品してきたから大丈夫!。それより彼氏を浮気女から取り返したんでしょ、頑張ったじゃん柚子!」
京子ちゃんは開口一番に私を褒めると、向かい側の席に腰掛けアイスミルクティーを注文した。
「あのね、京子ちゃん…」
「すみませ~ん! 日替わりケーキセット2つお願いします!」
誤解を解こうと口を開きかけた私に、ケーキを注文する京子ちゃんの声が被る。
どうやら京子ちゃんは結婚相手が元彼だと勘違いしているようだ!?。婚姻届けの証人を頼んだら快く引き受けてくれたが、政宗さんの家にいるので詳細までは電話では話せなかったのだ。
「彼氏の苗字こんなだったっけ? えっ!? 政宗 禅って誰!?」
京子ちゃんはテーブルの上の婚姻届けを見つけると、やる気満々に証人のサインを書き始めた。だがボールペンを走らせる手がはたと止まる。
「元彼を奪い返しに行ったんじゃなかったの!?」
「えっとその…奪い返しに行ったのは猫で…実は……」
私は猫を奪い返しに行って、元飼い主と結婚することになった経緯を洗い浚い話すことに。
「ハードルを下げた独身婚ねぇ、まぁ柚子が幸せならいいけど。でも条件面で損し過ぎでしょ!」
「そうかな…?」
私がほわ~んとした顔で答えると、向かいの席に座っている京子ちゃんが身を乗り出した。
「柚子、ズルい女はね妥協しないの、相手に妥協させるのよ!」
「そうなの…!?」
「そうよ! いい、今の柚子の『ズルい女』度は5点ぐらいだからね!」
指摘され私はガーンとした。どうやら私は狡い女の勉強がまだまだ足りていないようだ…
「でも柚子にしては頑張ったよ、よく結婚を決心したね」
テーブルの上のアイスミルクティーを半分ほど飲み干し、優しい眼差しを私に向ける京子ちゃん。
「政宗さんに初めて会って『お帰り』って言われた瞬間に、この人に愛されたら幸せだろうなって思ったの」
「ああ成程、柚子の一目惚れかぁ~!」
うんうん、それでと、ニヤニヤしながら私の話を聞いている京子ちゃん。
「違うよ。だって私、政宗さんを好きにならないって決めたから」
「はぁ、どういうことよ柚子!?」
京子ちゃんは私の言葉を聞くとクワッと目を大きく見開いた。
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