6 傷つかないための予防線

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 その日の夜。時間外窓口で婚姻届けを提出し、私と政宗さんは独身婚をスタートさせた。そして翌日の日曜日には、私の荷物は政宗さんの家の空いていた部屋にすっぽりと収まっていた。  ワンルームの部屋で元々荷物が少なく、大きい荷物といえばデスクトップパソコンと机ぐらい。狭くて古い6畳の和室から広い洋室になったので、フローリングの部屋が広々して見える。 「本当にカーテンとラグマットだけでよかったのか柚子?」  引っ越しの後片付けを手伝ってくれていた政宗さんが、私の新しい部屋を見回して呟く。 「はい、十分です。ありがとうございました」  荷物は政宗さんが引っ越し業者を手配してくれた。猫のユズを保護してくれたお礼だと言って、アレもコレも全部新しく買ってくれようとしたので恐縮してしまった。  注文住宅なのか政宗さんの広い一戸建ては、カーテンや絨毯などの寸法が既製品では合わなかった。だから必要最小限の物だけをありがたく受け取ることにしたのだ。 「無職なので当面の家事は私がやります。再就職決まったときは、分担をご相談させてください」 「そうだな生活の細かなことも、おいおい決めていかないとな」  そんな会話をしていると、政宗さんのケータイが鳴った。   「なんだ田嶋かよ、悪いな今日は忙しいんだ」  会話のやり取りからすると、どうやら飲みに誘われているようだ。  田嶋さんは婚姻届けに証人のサインをしてくれた政宗さんの友達のはず、確か独身のお友達だ。ここは妻として送り出すとこよね! 「片付けも終わったし、出掛けてきてください」  私は小声で政宗さんにそう囁いた。 「いやでも…、別の日にするよ」  だが政宗さんからは歯切れの悪い返事が返ってきた。きっと引っ越し日なので遠慮しているのだろう。   「私は防波堤(づま)です、波打ち際のテトラポッドみたいなもの。どうぞお気になさらずに自由恋愛と独身生活をお楽しみください!」  初っ端から独身の時と同じ生活を提供できなくては申し訳ない!、使命感に燃えた私は三つ指をついて ハキハキと元気よく伝えた。  だがなぜか政宗さんは驚いた顔になりフリーズしてしまう。 「俺は、俺の妻になった女性のことがよくわからない…んだが…?」           「私もです!、これから政宗さんのこともいろいろ教えてくださいね」  ようやくフリーズから解除された政宗さんは、まるで珍獣でも見るような目を私に向ける。そして「それ…じゃ、行ってきます…」とやっと返事をくれた。  困った顔も何もかも、全方位カッコイイいい。こんな素敵な人が夫になってくれたのが今でもまだ信じられない。落ち着いたら再就職の就活を始めよう、いつ離婚されてもいいように備えておかないと。  そんなことを心の中で考えながら、政宗さんをようやく玄関から送り出した。 「ふふ、政宗さんが居ない間は猫のユズと水入らずだね~」 「にゃぁ~」  私は一仕事終えたようなやり切った達成感で一杯になり、猫のユズを笑顔で抱きあげる。フカフカの茶トラの毛並みに顔を埋め頬ずりすると、猫のユズは愛くるしい声で返事をしてくれた。  
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