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「ラインみたよ連絡遅くなってごめんね。柚子だけなら泊めてあげられるよ、うちのマンションペット禁止なんだよね…どうする?」
スマホ越しに京子ちゃんの心配そうな声が聞こえてくる。
「猫はもういないの…、どうしよう京子ちゃん、私何もない…何もかも奪われちゃったよ…」
「えっ!? 何で泣いてるの柚子!?」
心配してくれる京子ちゃんの温かい声を聞いて、私は涙声で情けない声をあげる。そして、これまでにあったことを掻い摘んで京子ちゃんに説明した。
「柚子、男はね、猫を飼っているガードの固い女より、猫みたいに甘えてくる女が好きなんだよ」
「そんな…」
京子ちゃんからも、身も蓋も無い事実を突きつけられ、私は益々情けない声をあげる。
「真面目でいい子じゃ、したたかでズル可愛い女に負けるだけ。殺られたらヤリ返せ! ネトラレたら寝取り返せ、体張れ柚子!」
電話口の向こうから、発破を掛ける京子ちゃんの力強いアドバイスが響く。
『狡い女ってどんなだろ? 美優みたいな子…?』思い出したくなんかないのに、その言葉を聞いて真っ先に頭に浮かんだのは美優の顔だった。
「まだ間に合うかもしれない、京子ちゃん、私行ってくる!」
スマホを切ると同時に私は走り出し、男性の姿を探した。
私、真面目に一生懸命生きてきたよね? 何か悪いことしたかな…? 神様はどこまで私から取り上げれば気がすむの…!?
息せき切って走りながら涙目で心の中でそう叫んだ瞬間、私の中で何かがプツン…と切れる音がした。
「決めた! 私、これからは狡い女を目指すわ!」
唯一の心の拠り所の猫の花子まで奪われ、私の心はこの短期間ですっかりやさぐれた。
夜の住宅街を走りまわり、コンビニの駐車場でさっきの男性をようやく発見。私は背後から男性のスーツの端を思いっきり掴んだ。
「待ってください!、お礼なんていりません! でも猫の花子は渡せません!!」
猫の花子を片手に抱き、車に乗り込もうとしていた男性は、驚いたように目を丸くして私のほうを振り返る。
「はぁ!? ユズの飼い主は俺ですよ!」
男性はそう叫ぶと、その美しい顔をひどく顰めた。
王子様のような男性と出会ってロマンスが始まるのは可愛い女の子だけ。地味子と王子様が出会ってもロマンスは始まらない。この晩、私と彼の間に生まれたのは猫を挟んだ睨み合いだった!?
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