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八月の深夜は、深い海の底のように生暖かくてユラユラしている。 駿の住むマンションは国道沿いにあり、たまに通る車の音や、自分の寿命を全うしようと昼夜関係なく鳴いている蝉の声だけが聞こえていた。 町田が来ない日には、深夜のコンビニに出掛けるのが駿の日課だった。 ふらふらと水の中を漂うように歩いていると、街灯に集まっている虫達までが仲間のように思えてくる。 信号のない場所で、右、左、右と車を確認してからコンビニのある方に渡る。 こういう習慣は、死ぬまで変わらないのかも、と心の中で思った。 ピロピロピロ~♪と軽快な音と共に店の中に入る。 「いらっしゃいませ!」 深夜とは思えない元気な声に迎えられ、駿はドキリとしてそちらを見た。 初めて見るアルバイトの男の子がレジに立っていた。 黒髪を短く刈り上げ、眉も目もキリリとした彼は、なかなかの男前である。 あまりやる気のなさそうな眠そうなアルバイトがほとんどの中、彼の存在はとても際立って見えた。 雑誌と菓子と水をカゴに入れ、レジに向かう。 『晴美』と名札に書いてあった。 レジを通している間、その名前をじっと見ていると、不意に『晴美』が口をひらいた。 「女の子の名前、みたいでしょう?」 「えっ?」 駿は、驚いて顔を上げる。 「俺の名前。ハルミっていうんですけど。あ、もちろん男ですよ?下の名前は、ハヤトって言うんですけどね」 「あ。そ、そうなんですね」 急に話しかけられて、耐性のない駿は、慌てて小銭を落としてしまった。 「わ、大丈夫ですか?」 他に客も居なかったので、晴美は慌ててレジから出てきて、散らばった小銭を一緒に集めてくれた。 「はい。これで全部かなあ」 晴美は、商品棚の下を覗き込んで、一生懸命小銭を探してくれた。 「もう大丈夫です!これで」 駿は、恥ずかしくなって言った。 「そうですか?ごめんなさい。俺が話しかけたりしたから」 晴美は、申し訳なさそうに言うと頭を下げる。 「いえ!本当に!大丈夫です」 駿は、自分の顔がドンドン赤くなってゆくのが分かって、一刻も早くこの場を去りたかった。 晴美がレジに戻ると、駿はお金を払い「じゃ」と急ぎ足で店を出た。 「ありがとうございましたぁ」 と晴美の元気な声が背中から聞こえてきた。 ドクドクと心臓が鳴っている。 町田さん以外の人とちゃんと話したのは、何年振りだろう… 道路を渡ってからもう一度コンビニを振り返った。 レジで、もう1人のアルバイトらしき男性と話している晴美が見えた。
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