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第二話
クロスが外に出ると、何も掛かるはずの無いトラップに、一人のオメガが囚われていた。
オメガは、アルファと対極の存在である。
思春期にベータ同様、上腕と下腕が翅へと変化するが、ベータが甲虫のそれに変化するのに対し、オメガは胡蝶の翅へと変化する。
また、ベータは飛行時以外は翅鞘と後翅を背中に収め、やや背中に丸みがあるものの、二足歩行の人型シルエットをしているが、オメガの翅は三角形に閉じるのみで、収める事は出来ない。
ちなみにアルファは、上腕と下腕を背中側で後ろ手に組んでいるため、やはりシルエットは二足歩行の人型となっている。
ベスティヨル王国では、生まれた子供は全て、王国が管理をする養育施設へ送られる。
思春期になるまでに、あらゆる教育を施され、顕現した種によって成人後の身の振り方が決まるのだ。
希少にして優秀なアルファ種は、基本的に王国が誇る騎士団へ入り、そこでの活躍如何によっては、貴族階級を与えられる。
絶対君主制の政治形態をしているが、王そのものはアルファ種の選挙によって選ばれるために、アルファであれば王になりえる可能性は誰にもあった。
そのアルファ種よりも、更に出生率が低いのがオメガ種である。
彼らは、基本的な人権が認められていない。
オメガの人権が認められない理由は、いくつか存在するが。
最大の理由は、彼らの存在がアルファにとって都合の良い、権力の象徴になり得るから…である。
存在自体が希少な上に、彼らの持つ胡蝶の翅は、芸術品のように美しい。
一人でも多くのオメガを侍らせる事は、それだけアルファの能力の高さ、持ち得る財力、影響を及ぼせる権力を誇示出来る。
世界のトップを牛耳っているのがアルファである限り、彼らの虚栄心を満たすオメガに人権が与えられる事など、あり得なかった。
クロスの網に絡みついているオメガは、クロスが近付いても動こうとはしない。
というよりは、遠目からは死んでいるようにしか見えない。
胡蝶の翅は、片翼は立っていたが、片翼は開いたままであり、辛うじてだいたいの翅脈は残っているが、ほとんどの鱗粉が剥がれ落ちていて向こうが透けて見える。
服装も酷いが、なにより全身が傷だらけで、しかもガリガリに痩せ細っていた。
トラップに絡め取られたと言うよりは、飛翔の途中で落ちた時に、丁度そこにあったこのトラップにしがみついたような印象がある。
少なくとも夜半からそこにいたらしいそのオメガは、トラップとともにまばゆい朝露に濡れていた。
どこかの誰かが、もうお払い箱になったオメガを、中空から廃棄して、それが偶然ここに落ちてきたのだろうか?
なんにせよ、迷惑な話だと思いながら、クロスはその痩せこけた体に手を掛けた。
そうして触れて初めて、それがまだ息をしている事に気付いたのだった。
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