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男にドンされた日
(今日の晩ご飯はハンバーグか。母さんのハンバーグは美味いからな)
部活帰りの高校2年生、南相馬は晩ご飯の事を考えながら歩道を歩いていた。
前から若い男が歩道の真ん中を歩いてくる。
(おい、歩道の真ん中を歩くなよ。俺が右側通行だぞ。お前が避けろよ)
前からくる男に念を送った南相馬。
しかし、男は避けない。
このままでは間違いなく男は俺にぶつかってくるな。
そう思った南相馬。(仕方ないか。ぶつかって因縁とかつけられても面倒だし)ガードレールへ正面向きになり、男が通るスペースを作ってやった。
ドン!
「うわっ!」
南相馬は男に背中を強く押された。
ガードレールを飛び越え車道へ転倒する南相馬。
キキキー!!
スローモーションみたいになった視界に、自分に向かって走ってくる大きなトラックが見えた。
(あ、これって俺がトラックに轢かれて死ぬパターン?)
どんどん近づいてくるトラック。
(くそっ! もしも!)
もしもの事を強く考えた南相馬。
(もしも、トラックが走って来なければ! いや、そもそもだ。どうしてこうなった? えっと、俺が歩道を歩いていたら、前から来た男に道を譲って、その男に背中をドンと押されたんだろうな。クソッ! 道を譲らなければ! いや、部活が終わった後に「コンビニでオニギリ買おうぜ」と誘われたのに、「いや、晩ご飯がハンバーグだからやめとく」と断ったな。あの時コンビニに行っていれば!)
そんな【もしも】を何パターンも考える南相馬。
(ん? あれ? 死ぬ瞬間はスローモーションになるとか聞くけど、なんか、あのトラック止まってないか?)
倒れた状態から、ゆっくりと座った体勢になる南相馬。
「やっぱり、あのトラック止まってる。すげえブレーキだな。こんなに一瞬でトラックって止まれるのか」
「そんなアホな」
「え?」
声がしたほうを見ると中年男性が座っていた。
「君ね、あんなデカいトラックが時速60キロで走ってきてやで、一瞬で止まるブレーキなんか有るかいな」
「え?」
「そんなブレーキが有ったらやな、自動ブレーキでほとんどの事故は無くなるわな」
「確かに」
「しかし、面白いで」
「え?」
「ほとんどの人間はな、このパターンだと『うわー死ぬ! え? あれ? 何でトラック止まってるの? 何で?』くらいしか考えんのや」
「はあ」
「しかし君は10の【もしも】を考えたんや」
「はあ」
「で、最初に出た言葉が『すげえブレーキだな』」
「ですね」
「ワイのツボにハマったさかい、君を助けてやりまっせ」
「え?」
「ワイはな、通りすがりの気まぐれ神」
「……あの……」
「つまらん人間ならな、止めた時を動かすんやが」
「え?」
「周りを見てみいな」
「は?」
「ええから」
「あ、はい」
周りを見渡した南相馬。
(あ! 俺をドンと突き飛ばしたクソ野郎! まだそこに立ってやがる! くそっ! ニヤニヤした顔をしやがって!
ん? 何で逃げないんだ? 俺がトラックに轢かれて死ぬ瞬間を見たいのか?)
ドン男をじっと見る南相馬。
3秒がすぎた。
「このクソ野郎!」
南相馬はドン男の顔を殴った。
「あれ?」
殴ったはずなのに殴れてない。
「クソ!」
何回も殴る南相馬。
しかし、全て空振りする。
「な、何で当たらないんだ!?」
「そりゃあ君。生きてる時間軸が違うからやな」
「え?」
「今な、君の元の世界の時間をワイが止めてるんや」
「は?」
「この世界に存在しているのは君とワイだけ。トラックもドン男もただの背景やな」
「……マジで?」
「トラックを触ってみ」
「……」
トラックを触りに行く南相馬。
「……触れない。手が通り抜ける」
「分かったかいな?」
「いや、でも、俺が死んでるパターンかも」
「それ、面白いで」
「え?」
「君にレアスキルをやるわ」
「え?」
「異世界転生、異世界転移、どっちや?」
「……あの、それって、俺にレアスキルを授けて異世界転移とかさせるって事ですか?」
「そうやで」
「……いやいや、俺はこの世界で生きたいですよ」
「なんでや」
「知らない世界にいきなり行けって、いくらレアスキル持ちでも無理ゲーです」
「なるほど。君は利口やな」
「いや、別に」
「ますます気に入ったで。3つのもしもスキルを授けたるわ。名付けて【3if】や」
「さんいふ?」
「3パターンifや。英語のif。どんな時にもや、【3if】を使いたいと思ったらやな」
「はい」
「その瞬間に君の周りの時は止まり、君だけが10秒間に3パターンの【もしも】を考えれるんやで」
「え?」
「10秒が過ぎたら君の頭の中に『ブー』と音を鳴らすさかい、それまでに【もしも】を決めるんや。君の未来は、その【もしも】通りになるさかいな」
「……えっとですね。そうすると、【もしも、部活帰りにコンビニに行っていれば、このトラックに轢かれなかった】と思えば、その人生を選べるんですか?」
「正解やで」
「……本当なら、確かにレアスキルかも」
「10秒は短いで〜。命がヤバい時にモタモタ考えとったらブーと鳴ってタイムアップで死ぬさかいな」
「分かりました」
「それとな、2つ目の【もしも】を考えたらやな、1つ目の【もしも】は無効になるさかいな」
「えっと……3つ目を考えたら、1つ目と2つ目が無効になるんですか?」
「そうやで」
「なら、なるべく1つ目に最善の【もしも】を考えないとですね」
「そうやな。ほな、ワイが君の前から消えた瞬間にやな、君はワイの声を聞く前に戻って時は動き出すさかい、君はすぐに【3if】を使いたいと思うんやで。やないと、トラックに轢かれて死ぬで。ホンマに」
「信じられませんが……分かりました」
「きばりいや〜」
怪しい関西弁の中年男性は消えた。
キキキー!
けたたましいトラックのブレーキ音。
(【3if】を使いたい!)
南相馬は思った。
ブレーキ音は消えた。全くの無音の世界だ。
トラックのほうを向く南相馬。車道に転倒した自分の1メートル先でトラックのタイヤは止まっていた。
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