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助けたのは後輩だった
ドン男に殺されかけた女子高生を助けた相馬。
目撃していた人たちが集まってきた。
(このドン男、こんなに人が大勢いる場所で、よくもまあ人殺しをやろうとしたもんだ)
「君たち、大丈夫か?」
中年男性に声をかけられた。
「あ、はい」
「私は大丈夫ですけど、その、その人は」
ドン男を指差す女子高生。
「君を車道に押したよな」
「そうみたいです」
「いや、俺は見てたから間違いない」
「私も見てたわよ。すっごくビックリしたわー。あなた、助けてもらって本当に良かったわねー」
中年女性も話してきた。
「はい」
「ピクリともしないけど、死んでるかも」と相馬。
(本当に死んでるけどね)
「ええ!?」
ドン男を触ろうとする女子高生。
「待て! 触ったら駄目だ!」
女子高生を静止する中年男性。
「え?」
「こんな時は素人は何もせず救急車を呼ぶのがベストだろ」
「あ、そうですね」
「下手に動かして、君が止めをさしたらまずい」
「止め……確かに」
「私、救急車を呼ぶわねー」と中年女性。
「あ、お願いします」
「はいは〜い」
救急車とパトカーが到着した。
警察官に事情を聞かれる相馬たち。
「なるほど。道を譲ったら背中を押されたと」
「はい」
「そこを君が助けた」
「はい」
「で、勝手に転んで頭を打った」
「「はい」」
「あのさー。君たちが三角関係でさ、ここで揉めて、君が救急車で運ばれた男性を押し倒したんじゃないの?」
相馬を指差す警察官。
「はい?」
「違いますよ!」と女子高生。
(この警察官、ポエマーか?)
「いや、警察は疑うのが仕事なんだよね。君たちは重要参考人として警察署に来てもらうから」
「お巡りさん、俺は見てましたが、本当に勝手に転んでましたよ」
「そうそう、私も見たわ」
中年男性と中年女性も証言してくれた。
「それ、絶対にと言い切れますか? 嘘だったら偽証罪になりますよ」
「あ、いや、絶対にとは……」
「そう言われたら……絶対にとは言えないかも」
「人の記憶は曖昧ですからね」と警察官。
(この警察官、しつこいな。まあ、それが仕事なのか。あ、そうだ)
「この辺の防犯カメラを調べてください」
相馬は警察官に言った。
「それは調べるけどね、防犯カメラが無かったり、角度的に映ってない可能性も有るからねー」
「お巡りさん、俺がスマホで撮影してますよ」
「え?」
若い男性が声をかけてきた。
「救急車で運ばれた兄ちゃんさ、この辺をずっとうろうろしてたんだよね。なんか怪しいと思ってさ、あそこの喫茶店で見てたんだ。で、スマホで撮っておこうと録画を始めたら、そこの女子高生をドンって。撮れてるよ」
「なるほど」
(お兄さん、グッジョブ!)
撮影したスマホ画像には、ドン男が女子高生をドンして、そこを相馬が助けて、逃げようとしたドン男が勝手に転んだ所がバッチリ映っていた。
「なるほど。君は女子高生を両手で抱いてるし、容疑者には何もしてないようだ」
「そうですね」
「はい、私はしっかりと両手で抱かれてました」
「仕方ないな。身分確認だけしたら帰っていい」
(……「仕方ないな」って何だよ、おい)
相馬と女子高生は生徒手帳を確認されて開放された。
「あの、私は1年A組の佐藤萌絵です。本当にありがとうございました」
「いや、無事で良かったよ。俺は2年B組の南相馬」
「南先輩ですね。このお礼はどうすれば。私にできることならしますので」
「いや、そんなお礼なんて」
チャララー チャラララー
相馬のスマホが鳴った。
「あ、ごめん……母さんからか。もしもし、うん、ちょっと事故に遭ったんだよ。あ、いや、俺は人を助けてただけ。うん、俺は大丈夫。うん。で、警察官に事情を聞かれてた。うん、もうすぐ帰るから」
通話を切った相馬。
「帰りが遅いから、『友達と何か食べてるの? 今日はハンバーグなのよ』って」
「あ、ハンバーグ。私、大好物なんです」
「母さんのハンバーグは絶品なんだ」
「いいなー。食べたいなー」
「君も家に連絡して作ってもらったら? あ、連絡しなくていいの?」
「お母さんは看護師で今日は夜勤なんです。ふたり暮らしなので」
「あ、そうなんだ。じゃあ、晩ご飯は?」
「普段は自分で簡単に作るんですけど、今日は遅くなったし、何だか疲れたからスーパーでお弁当を買おうかなって。この時間なら半額になるし」
「じゃあさ、うちに食べに来る?」
「え?」
「あ、ごめん。初対面なのに」
「行きます」
「え?」
「先輩のお母さんにも、命を助けてもらったお礼を言いたいので」
「いや、母さんは君を助けてないから」
「先輩のお母さんが先輩を産んでなかったら、今日、私は死んでました」
「なるほど」
「ハンバーグ〜。楽しみです」
「あ、うん」
(母さんにお礼より、ハンバーグが目的みたいだな)
・・・・・
「と、そんな感じで、この佐藤萌絵さんを助けたんだ」
「あら、まあ」
「佐藤萌絵です。先輩のお母さん、ありがとうございました」
「ん? 私は助けてないけど」
「先輩を産んでくれて」
「ん? あ、なるほどね」
「はい」
「母さん、ハンバーグは多めに作ってるよね?」
「え?」
「佐藤さんのお母さんは看護師で夜勤なんだ。帰っても1人だから、食べさせてよ」
「あ、なるほどね。余ったら冷凍するから多めに作ってるわよ」
「食べていいんですか?」
「いいわよ」
「やったー!」
「もしかしてだけど、佐藤さんのお母さん、田中病院に勤めてる?」
「え? あ、はい」
「私は田中病院で事務をしてるのよ」
「あ、そうなんですか」
「同じ高校の娘がいるって聞いたことがあったから」
「なるほどです」
「遅くなるし、明日は学校は休みだし、今日は泊まっていきなさいよ。お母さんには私が連絡するから」
「え?」
「母さん、何を」
「相馬、そんな事件にあったのよ。1人で夜をすごすって怖いじゃない。一度あることは二度あるって言うし」
「あ、まあ」
「そう言われたら急に凄く怖くなってきました。今日は外に出たくないです」
「そうよね。爽音の部屋が開いてるし、使って」
「そうよねそうねの部屋?」
「姉さんの名前が爽音。東京の大学生」
「あ、そうなんですか」
「着替えも爽音のがあるし、サイズも同じくらいだから使って。下着は嫌ならスーパーが近いから適当に買ってくるけど」
「あ、いえ、私はそういうの大丈夫です。友達の家に急に泊まることになって友達の下着を借りる時もあるので。逆にお姉さんが嫌がるんじゃ」
「大丈夫よ。爽音は基本的に男だから」
「男?」
「性格が体育会系なんだよ。家の中では俺のトランクスを履いてたんだ。『これが楽なんだよなー』って」
「そうなんですか」
「じゃあ、ハンバーグを焼くわ。あがって」
「はい。おじゃまします。私、手伝います」
「あら、助かるわ」
母さんと楽しそうに話しながら台所へ行く佐藤萌絵。
(おいおい、初対面の男の家に本当に泊まる気なのか?)
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