佐藤萌絵は覗かない

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佐藤萌絵は覗かない

「さてと、萌絵ちゃんが手伝ってくれたから早く準備できたわ。冷めないうちにどうぞ」 「そんなに手伝ってませんけど」 「いえいえ、大したもんよ。爽音は何もしなかったし」 「そうなんですか?」  「そうなのよ。食べる専門」 「俺、食べるぞ」 「あ、いただきます」 ハンバーグを食べる相馬と萌絵。 「美味しい!」 「今日も美味い」 「ふふっ」 「あー。いい風呂だった……あれ?」 「あ、おじゃましてます」 「あなた、パンツだけでウロウロしないでっていつも言ってるわよね」 「あ、すまん」 服を着に行く相馬の父親。 「萌絵ちゃん、ごめんね。変なのを見せて」 「いえ、見えてませんから」  「あら、そうね」  相馬は思った(変なのって、アレの事か?) 相馬の父親は部屋着を着て戻ってきた。 「えっと……このお嬢さんは?」 「北川高校1年の佐藤萌絵です」 「危ないところを相馬が助けたそうよ」 「え?」 「料理が冷めるから、詳しい話は食べてからね」 「あ、ああ」 晩ご飯を食べて片付けも終わり、リビングで話をする南一家と佐藤萌絵。 「なるほど、そんな事が。それは大変だったね」 「本当に助かりました。先輩のお父さん、ありがとうございました」 「いや、俺は助けてないけど」 「先輩を産んでくれて」 「いや、俺は産んでもないし」 「父さん、ニュアンスで分かるだろ。本当に市役所の課長なのか?」 「そうだけど」 「先輩のお父さんは市役所なんですか」 「いや、俺は建物じゃないけど」 「あなた」   「あ、すまん」 「私の亡くなった父も市役所に勤めてたんです」 「あら」  「佐藤……名前は寿郎(としろう)さんかな? ことぶきの」 「あ、はい」 「……そうか。亡くなった時は俺の、いや、私の部下だった」 「え?」 「部下と言っても数ヶ月だったけど、とても優秀だったよ」 「そうですか」 「そうか、佐藤君の」 「すみません、思い出したら涙が……」 「あ、すまない」 「……いえ」 「あら、もうこんな時間。相馬、お風呂に入りなさい。お湯を変えて萌絵ちゃんに入ってもらうから」  「あ、うん」 「あ、いえ、お湯は変えなくても」 「私が嫌なのよ。旦那の残り湯なんて」 「ふふっ。なるほどです」  「おい、ひどいな」 「佐藤さんはしないと思うけど、俺の入浴を覗くなよ」 「え? なんで私が先輩を覗くんですか?」 「いや、姉さんは覗いてたから」 「は?」 「姉さん曰く、『姉は弟の裸を見て成長を確かめる義務があるのだよ』って」 「……変わったお姉さんですね」 「そうだな」   ・・・・・ 翌日の朝。 ボーッと顔を洗っている相馬。 「先輩、おはようございます」 「えっ!? あ、おはよう」 (そっか、佐藤さんが泊まってたんだ) 「朝ご飯、できてますよ」 「あ、うん」 (何か変な感じだな) 朝食を食べた2人。 「先輩、休みの日は何をしてるんですか?」 「主に将棋をしてるかな」 「しょうぎ? あのパチッとする?」 「たぶん、その将棋」 「強いんですか?」 「ぜんぜん。スマホゲームとか好きじゃないから、暇つぶしだな」 「私は主に勉強してます」 「なるほど。佐藤さんはエリートのA組だったな」 「先輩も準エリートのB組ですよね」 「BでもCに近いけどね」 「先輩のお父さんが将棋をするんですか?」 「父さんは囲碁なんだ」 「いごって、あのパチッとする?」 「たぶん、その囲碁」 「じゃあ、先輩はお母さんと将棋を? 仲がいいんですね」 「いや、しないけど」 「ん? じゃあ、誰と将棋を? 将棋って2人でやるんですよね?」 「近くに将棋をやる道場があるんだ。そこに行ってる」 「あ、なるほどです」 「将棋道場は10時からだから、その前に佐藤さんを送っていくよ」 「あ、母さんの仕事が9時までなので、それから迎えに来てくれるんですよ」 「なるほど」 「1人で帰ろうと思ったけど、お礼を言いたいから南さんの家で待っててって」 「まあ、あんな事件のあとで1人で帰らすのも心配だよな」 「確かに、明るくても少し怖いです」 「あんな事は滅多に無いだろうけどね」 「でも、運気が下がってると不幸は続くとか」 「あー。それは有るかも」 「ですよね」 午前9時半に佐藤萌絵の母親が迎えに来た。 「この度は本当に娘がお世話になりました。あの、取り急ぎで申し訳ないですが、これを」  果物の盛篭を差し出す佐藤萌絵の母親。 「そんな気を使わないでください」と相馬の母親。 「いえ、とんでもない。ネットニュースを見たら、息子さんが助けてくれなかったら娘はトラックに轢かれてたって。しばらく膝がガクガクして立てませんでした」 「犯人は死亡したそうですね」 「そうみたいですね」 「犯人が生きてたら、萌絵ちゃんはずっとビクビクしたかもだし、死者に悪口はアレだけど、よかったかも」 「そうですね。人を殺そうとしたんですから自業自得ですよ」 「そうよね」 (うんうん。まったくだ)と横で聞いてる相馬も思った。 「あの、御主人にもお礼を」 「今日はゴルフに」 「そうですか。では、私も夜勤明けなので、落ち着いたらちゃんとお礼に来ます」 「いえ、この果物籠で十分です。ね、相馬」 「そうですよ」 「とんでもない。萌絵で良かったらしばらくこき使っていいですから」 「お母さん、それは流石にひどいよ」 「萌絵、命を助けてもらったのよ」 「そうだけど」 「佐藤さんもお疲れでしょう。この話はまた後日にでも」 「ありがとうございます。萌絵、帰るわよ」 「はい。先輩と先輩のお母さん、ありがとうございました」 「いえいえ」 「帰り、気をつけてな」 「はい」 佐藤母娘を見送る南母息子。 マンションから出て歩道へ降りる階段で佐藤萌絵は立ち止まった。 「萌絵、どうしたの?」 「お母さん……道に出るのが怖い」 「え?」 「また誰かに背中を押されたらとか、頭の中で考えちゃって……足が動かないよ」 「萌絵……PTSDかも」 「……うん」 (PTSDか。凄くショックな事が有ると、しばらくしてから同じような事が怖くなるとかだよな) 「佐藤さん、このままタクシーで心療内科に……予約制だし急には無理かな」 「そうですね。今日は土曜日ですし。萌絵、タクシーで家に帰るけど大丈夫?」 「うん、たぶん」 タクシーがマンション前に止まった。 「萌絵、歩ける?」 「うん。あ、駄目……これ以上は歩けないよ」 「そう……困ったわね」 「あの、先輩」 「ん?」 「私の後ろに立ってくれませんか?」 「え?」  「先輩が後ろにいてくれたら前に歩けそうな気が」 「なるほど。でも、タクシーに乗れてもタクシーから降りて家までどうする?」 「あっ」 「相馬、一緒にタクシーに乗って行きなさいよ」 「あ、なるほど」 「いいんですか?」 「佐藤さん、こんな時ですから遠慮は無しで」 「南さん、助かります」   「いえいえ」 「じゃあ、後ろに立つけど」 「お願いします」 佐藤萌絵の後ろに立つ相馬。 「あ、先輩、歩けます!」 「それは良かった」 「はい」 (しかし、佐藤さん。学校はどうするんだ?)
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