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5,10年前
亮は11歳、小学5年になった。
成長すると薄れると思っていた外人のような容貌の特徴は変化することなく、よくハーフ?と訊かれるようになった。亮本人はそのことを特に気に留めるそぶりも見せず、淡々と普通に生活しつつ、時折陽光に見初められたようにその美しさをきらめかせた。
一緒に外を歩くことも少なくなったが、梅雨明け宣言が出された7月のある日の午後、美和は亮と必要な買い物をして家に帰るところだった。
行きは綿雲が小さな島のようにいくつか浮かんでいたが、帰りにはその雲が群がって入道雲になっていた。
小学校に上がってからも亮の雷雨の予言は何回も当たった。それは、入道雲イコール雷雨といった単純な予想ではなく、入道雲に関わりなく雷雨の訪れを言い当てた。
最近では、美和は入道雲がでると心の中に不安が沸き起こるようになった。
その時、前を歩いていた亮が歩みを緩めて母親の方を向いて言った。
「入道雲のてっぺんからいつも僕を見つめている人がいるって言ったよね。他の人には見えなくても、僕にははっきり見える。なぜなら、あの人は僕に特別な興味をもってるから。それで、色々調べてみたんだ、あの人の正体を」
亮が言葉を切ったので、美和は恐る恐る尋ねた。
「で、わかったの?」
「うん。ゼウスだと思う。ギリシア神話の」
美和はどう受け止めていいか、途方に暮れた。
子供らしい空想癖の所産でないことは重々承知していたから、その言葉のメルヘンチックな響きが逆に恐怖を催させた。
ゼウスに関して漠然とした知識しか持っていなかったが、確かゼウスはガニュメデスという美少年をさらったのだったと、美和はとりとめもなく考えた。
そして、夏休み間近のある日。
5時限の授業参観の後、クラスごとの懇談会があり、美和も出席した。エアコンがなく大きめの扇風機が回っているだけの教室は暑く、開け放した窓からは熱風が入り込んだ。
その窓からは、校庭に居残って遊ぶ生徒たちの声が聞こえ、亮もあの中に混じっているようだと美和は思った。
懇談会が進むうち、外では時間を早回ししたように天気が急変し、あっという間に窓は黒い雲に覆われた。
美和の耳には先日亮が話した「入道雲の上から見ているのは、ゼウスだ」という言葉が残っていて、最初の雷鳴が聞こえた時、彼女は嫌な胸騒ぎを感じた。
叩きつけるような驟雨に扇動され、雷の威力が急速に増していった。
暗転した景色に目のくらむ閃光が走ったかと思うと、天で地滑りが起きたかと思うような轟音が、地上のすべての音を滅し去った。
と同時に、電気が消えた。
懇談会は中断され、人々は立ち上がって窓際に群がった。夜のような暗さの中、校庭で騒ぎが起きていた。右往左往する人影と叫び声が、絡まり合っていた。
その中から「早く救急車を!」という教師らしき人物の声が美和の耳に飛び込み、彼女は蒼白になって夢中で校庭に駆け付けた。
雷の直撃を受けて亡くなったのは、芝坂亮君 11歳 小学5年生
放課後、校庭で友人とサッカーをしていた
救急隊員が到着した時には、すでに心肺停止状態だった。
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